閑話休題:政治・経済系読書

民主党衆議院で第一党になったと思ったら、鳩山政権の交代に参議院での惨敗、テレビと新聞は基本読まないので「世間の」流れはよくわからないのですが、もう本当に、なにを信じて良いのかわかりません。他方、民主党が政権党になってから、民主・自民両党の支持者が旗色を鮮明にした著書、特に新書を出版するようになったと思います。これをいい機会に、そのあたりの本をざっくり読んでみて、日本の今後はいったいどうなってしまうのか、考えてみようと思いました。

さらば財務省! 政権交代を嗤う官僚たちとの訣別 (講談社+α文庫)

さらば財務省! 政権交代を嗤う官僚たちとの訣別 (講談社+α文庫)

一冊目は高橋洋一氏の「さらば財務省!」。これは、特に自民・民主党的政治手法をどうこうするものではないと思いましたし、単に財務省という人々に興味があったのですが、読んで見たらみごとに政治向きな本でした。高橋氏は、東大理学部数学科で博士号を取得した後旧大蔵省に入省、その後「埋蔵金」の存在を公表したことで一躍注目を浴びたとのこと。これは面白そう。


と思ったのですが、内容はちょっと予想と違ったなあ。基本的には、高橋氏は小泉・安倍政権下における竹中平蔵氏のブレーンとしての日々を描き出してゆきます。そこでは、数字よりもむしろどれだけ竹中氏が人間的に素晴らしい人か、また安倍元首相がどれほど心優しい政治家か、極めて情緒的に語られます。また、自身が所属したからなのか、旧大蔵省、現在の財務省を中心とする省庁の人間の旧態依然としたありかたが、容赦なく批判されてゆく。他方、連発される「改革」とはいったいどのようなものなのか、日本の現状を把握するポイントはどこにあるのか、いまいちはっきりしなかったことも否めなせん。官僚による官庁の内情報告書としては楽しめますが、ちょっと期待はずれでした。

政権交代期の日本経済 (中公新書ラクレ)

政権交代期の日本経済 (中公新書ラクレ)

次は、白川一郎氏の「政権交代期の日本経済」。高橋氏の著述が財務省を中心とする官僚システム批判的側面が強かったので、もう少し経済を概観する本をと思い購入。本書はまあ、タイトル通りの本という感じで、わかりやすかったです。ケインズ経済学の勃興と衰退、その後マネタリストと呼ばれる人々が勢力を伸ばしたのだけれど、現在再びケインズ経済学が復活しつつあるなど、ぜんぜん詳しくない分野を丁寧に説明してくれて好感が持てます。また若年層の雇用問題など、あんまり他の類書で詳しく述べられない分野についても分析されているところは頼もしい。


しかし、それ以外の分野であまり新しみを感じられないことはちょっと残念でした。相変わらずの官僚・政策決定プロセスへの批判、自治体行政・財政システムへの批判、外需頼みでは景気回復が望めないことなど、いちいち納得できる記述なのだけれど、どこか既視感が否めません。また、具体的な改善策の提案も、もう少し頑張って欲しかったなあ。内需を拡大させるには、そして若年層の雇用を安定させるためには、いったいどうしたらよいのか、結局よくわかりませんでした。記述が極めて穏当というか、客観性が感じられるだけに、著者自身の意見が述べづらかったのかなあ。

政治主導はなぜ失敗するのか? (光文社新書)

政治主導はなぜ失敗するのか? (光文社新書)

さてさて、ここまで読んできて感じたことに、それは、官僚システムを批判する、という不思議なまでに統一された論調です。次に読んだ中野雅至氏の「政治主導はなぜ失敗するのか」も同様の雰囲気を感じましたが、よく読んでみるとそうでもないところが面白い一冊です。氏に依れば、すでに官僚システムは弱体化しています。それは、官僚システムの動脈であったネットワーク力が、すでに機能していないからです。


また本書の面白いところは、そもそも「官僚主導」の政策展開など、ある種の幻想であったと語るところです。確かに官僚の作文を読むだけの大臣も多かったかも知れませんが、それは大して重要な事項ではなく、また官僚の中にも政策を自分で舵取りしている意識など無く、淡々と業務をこなしているという側面が大きいのではないのかとのこと。これは、基礎自治体の職員とよく仕事をする僕には、中央官僚のひととはまったく違うかも知れないけれど、なんだか頷かされるところがあります。著作としてはバランス良くまとまっている本書だとは思うのですが、やっぱり日本の今後を考える上で何が一番大事なのか、現状分析におわり具体的な認識に欠けるところは、ちょっと残念なところがありました。

「日銀貴族」が国を滅ぼす (光文社新書)

「日銀貴族」が国を滅ぼす (光文社新書)

さてさて、なんでこんなに「官僚」という人々が罵倒されるのか、ずいぶんと不思議になってきたところで次は「日銀」を知りたくなりました。それは上念司氏の「「日銀貴族」が国を滅ぼす」を書店で見かけたからです。官僚もずいぶんと叩かれて気の毒ですが、「国を滅ぼす」まで言われてしまう日銀職員も、なんだか可愛そう。結局読んでしまったのですが。本書は基本的には日銀が現在行っているとされるデフレ政策、またはインフレを回避する政策を、徹底的に批判したものです。著者曰く、日銀はどんどんお金を刷るべきだと。


著者は、政府が30兆円の硬貨を鋳造し、日銀に一万円札に両替させ、1人あたり20万円の定額給付をデフレが終了するまで行うことを提案します。しかし、これは僕にはちょっと理解しがたい提案です。おそらく極めてわかりやすくするために単純化された提案なのでしょうが、しかしそれでも素直にわかりましたとは言い難い。何もないところからお金が発生し、それが消費され経済が回り始めるなんて、そんな単純で良いのでしょうか。この理論は正しいのかも知れませんが、正しいのならばなぜこんな簡単なことが実行されないのか、または世の経済学者がみな頷かないのか、そのあたりが不思議です。また、わかりやすさを重視するためか、ちょっと言葉遣いに品を感じさせないところがあって残念です。しかし、日銀職員さんも、言われっぱなしで大変ですね。


ここまで読んできて、なんとなくこの種の本の傾向がわかってきました。まず、基本的にみなさん身内に厳しい。高橋氏は財務省、白川氏は経済企画庁(現在の内閣府)、中野氏は厚生労働省と、見事に官僚出身です。上念氏は(破綻した)日本長期信用銀行と、日銀ではありませんが公的銀行出身です。身内ならではの実感もあるのでしょうが、身内には厳しくなるものなのでしょうか。そのためか、経済の解説と言うよりは、どちらかというと組織論的な記述が多いように思います。また、僕が経済学のことなんかまったくわからないことが主たる理由なのでしょうが、経済理論に対する説明が単純に過ぎる場合と、「学者の世界では当たり前」的説明である場合が多いように思います。この両者は、研究者としては必ず判断を保留しなくてはならないところで、どれだけバックデータがしっかりしていても、データ処理の仕方によって結果は(ある程度の範囲によって)いかようにもあり得てしまいます。まあ、経済研究の専門書を読んでいるわけでもないし、わかりやすさがもっとも重要とされるジャンルですから、それもしょうがないところだとは思うのですが。しかしやっぱり、日本の何が問題で、これからどうすればそれが回避できるのか、いまだにいまいちわからない。