ユッシ・エーズラ・オールスン:特捜部Q ーカルテ番号64ー

特捜部Q ―カルテ番号64― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

特捜部Q ―カルテ番号64― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

コペンハーゲン警察の地下室に設置された「特捜部Q」は、未解決のまま残された事件を担当する、はっきりいって余剰人員を振り分けるための部署である。ここの捜査主任カールは優秀なのだがやる気がなく、ぼんやりと時間を過ごしていたかったのだけれど、秘書のローサが10数年前の連続失踪事件を掘り当ててしまう。はじめは嫌々捜査に取りかかっていたカールは、その背後に現在排外主義的、というより人種差別的な主張でデンマークの政治に姿を現してきた極右政党の党首がいるのではないかとの疑念をいだき、助手でアラブ人のアサドはなみなみならぬ熱心さで捜査にあたることになる。




えーと、これは僕が「読書記録」をお休みしている際に、楽しく読ませて頂いていたシリーズの第4弾に当たる物語です。もとは敏腕刑事だった中年男性カールは、同僚刑事3人とある場所に踏み込んだ際、刑事1人が死亡、もう1人が全身麻痺の大けがを負ってしまった出来事のあと、大いなる落ち込みの中この部署に配属されてしまいます。部下は得体の知れないアラブ人アサドとどうやら多重人格保持者らしい秘書のローセ。この頼りない布陣の特捜部Qは、しかしながらアサドのたぐいまれなき直感力とローセの馬力溢れる検索能力によって、いまや財政的にコペンハーゲン警察には欠かせない存在となっています。


この良く訳のわからない舞台設計だけでも魅力的なのですが、本書の面白さはそれだけにとどまりません。なぜカールと同僚たちは襲撃されたのか、アサドはいかなるバックグラウンドを秘匿しているのか、ローセはいったいなんなのか、といった物語の根幹を貫く謎もさることながら、それぞれの物語において発揮されるデンマーク社会のやるせない現実(というには少しドラマチックすぎる気もするのですが)と、それとはまったく趣を異にするそれぞれの登場人物たちのこまごまとした日常(これはデンマークらしさを存分に感じさせます)の対比が、とても不思議で楽しめます。


このシリーズ全体を通して、勃発する事件は極めて陰惨なのですが、上記のような極めて日常的な刑事たちの描写や、あくまで「あやしい」人間の振りをするアサドの言動、そして自分が「特殊」であることに無自覚なローセの振る舞い、そしてそしてその2人のみならず、別居中の妻と妻の元から避難してきた息子(極めて生意気)に翻弄されるカールの姿が、物語全体をとても賑やかなものにしています。


ところで、本書のモチーフはデンマーク政府が1970年代まで実施していた、障害者などへの強制的な不妊手術にあります。北欧諸国は福祉国家として有名ですが、このような優生学的施策をわりと最近まで続けていたことは、知識としては持ってはおりました。しかし、物語の中で描かれる姿は、やはり悲惨としか言いようがありません。人権にまつわる大きな出来事を、このように浮かび上がらせる物語の強さを、感じさせられずにはいられませんでした。