小野不由美:月の影 影の海 上・下 十二国記

月の影  影の海 (上) 十二国記 1 (新潮文庫)

月の影 影の海 (上) 十二国記 1 (新潮文庫)

月の影  影の海 (下) 十二国記 1 (新潮文庫)

月の影 影の海 (下) 十二国記 1 (新潮文庫)

なにか周囲に溶け込めず、はかない疎外感とともに生きてきた高校生の陽子は、ある日の放課後の職員室で異様な風体の男に遭遇する。直後に部屋の窓ガラスが吹っ飛び、男に引きずられるように屋上まで連れてこられた陽子は、こんどは怪物に襲われることに。すかさずほぼ強制的に「タイフ」と呼ばれるこの男の、仲間であるらしい空飛ぶ虎に乗せられた陽子は、そのままこれまでの世界とはまったく異なるどこかに漂流してしまう。そこは、どこか中国的な雰囲気を持ちながらも、妖獣が現れたり、不思議な統治制度が敷かれていたりと、どうやらこれまで陽子が当たり前としてきた世界とは異なる場所らしい。それでも家に戻ろうと奮闘する陽子は、騙されて売春宿に売られそうになったり、夜な夜な妖獣に襲われたり、嫌なことを指摘する猿につきまとわれたり人語をしゃべる巨大ネズミに遭遇したりと、基本的には散々な目に逢い続ける。



小野不由美氏の12国記シリーズ、新潮社で再シリーズ化されてから手に取って、あまりの斬新な内容に心を打たれるとともに、いままで本シリーズを手に取らなかった不幸とこれから本シリーズを初めて読むことができる幸運に、しみじみ感じ入ったものでした。新潮文庫の再シリーズは続々刊行中で、つい先日第4話が刊行されましたが、いつものようにこれまでのいきさつをまったく覚えておりません。そのため第1話からささっと読み直してみようと思ったものが、これがまた面白くすっかり没入です。


本作が舞台とする世界は、陽子がこれまで暮らしてきた世界とはまったく異なった論理によって構築されています。世界は12の国とひとつの山、そしてその間と外側に位置する海によって幾何学的に構成され、それぞれの国には「王」と「麒麟」がいるらしい。そのどちらも一般の人間では無い種族に属する「王」と「麒麟」は、なにやら相互補完的な関係を持って機能しています。「王」たちの上位種には神様みたいななにかがいるらしく、それら不思議な存在たちは、人間とは異なり異常に長い寿命を持っています。


などという舞台は、はじめのうちは陽子にはさっぱりわからず、そして陽子の視点から描かれた物語を読んでいる読者にもさっぱりわかりません。そして、初めて読んでからそれほどの時間が経っていないはずなのに、僕にもさっぱりわかりませんでした。でも読み進めるうちに、複雑怪奇に思えた舞台の仕組みがきれいに整理され、気がつくとすっかり物語の世界に絡め取られている、そんな思いにとらわれました。また再読ということもあって、物語の構造の浮き上がらせられかたの美しさに、改めて感嘆の念を抱かずにはいられません。


ある種の異世界を一から作者が作り上げる場合、とことんディテールを作り込むような手法があるかと思います。本書もそのような性質が強いのかなあと初めのうちは思っていたのですが、読み進めるうちにまったく逆なのではと感じさせられました。確かに本書を構成する物語世界の要素はきめ細かく、そして構築的なのですが、これはむしろディテールではなく座標軸のようなものなのです。その座標軸が確固たるものであればあるほど、そこで生じる様々な要素の自由度は増し、エントロピーは増大し続け、予定調和は消え去ります。なんだかよくわかりませんが、ようは本書はとても大きなエネルギーを持った物語群(ということばがあるのかは知りませんが)を起爆させるための、座標軸であり軸線を描くための物語だったように、改めて感じさせられるのです。だからといって、恐ろしいことにこの物語それ自体が持つ強度は揺るぎないものがあります。なんだかこれと同じような気分を最近味わったなあと思ったら、「天冥の標」シリーズが思い浮かびました。