七河迦南:七つの海を照らす星

七つの海を照らす星

七つの海を照らす星

どこか地方都市とおぼしき、架空の県境にある七海市は、その名のとおり七つの湾を、といってもとても小さな湾を望む県境にある田舎町で、主人公である北沢春菜は、そのまちの高台にある児童養護施設「七海学園」に勤めて二年目の新米職員である。「七海学園」にはさまざまな理由によって親元では暮らすことができない子供たちが、18歳になるまで暮らすことができるのだが、就学前児童から高校生まで、年齢もバックグラウンドも異なった子供たちは、ただでさえ難しい環境の中で、小さな、しかしとても大きな困難に日々直面してゆく。その姿によりそう北沢と、大学時代の親友でなにかとぼけたところのある野中佳音、そして児童相談所児童福祉司の海王氏の前に、いくつもの不思議な出来事がたてつづけにおこり、巡り巡ってひとつの大きな物語が姿をあらわしてゆく。


なぜこの人の本を今まで読んでいなかったのだろうとしみじみ考えてしまいますが、なにか「児童養護施設」を舞台にしているという時点で、舞台設定としてあざといのではないのか、または「児童養護施設」を舞台装置としてしか使っていなかったらやだなあ、と思う気持ちがあるように思います。しかしいまさら手に取ってみたらびっくりで、ここまできちんと児童養護施設を描いているとは思いませんでした。それは、本書で書かれている「児童養護施設」が具体現実のものとはかけ離れている部分や、関わるスタッフの姿も極めて理想化されているなどとの見方もあるでしょうが、しかし少なくとも本書はぼくに「児童養護施設」とはなにか、そこで暮らすと言うことはどのようなことかを、とても明瞭な色彩を持って示してくれました。


では、本書が「児童養護施設」小説かというとそんなことは無くて、極めて透明度の高い連作ミステリーでもあります。他人と関わることの苦手な葉子が「取り憑かれた」先輩の死亡と「復活」の謎を描く第1話の「今は亡き星の光も」、戸籍も無く親からの度重なるネグレクトに耐えかねて家出、放棄された民家に暮らしているところを保護され今は学園で暮らす優姫の、不自然な金銭事情にまつわる第2話「滅びの指輪」、父親の家に帰宅した際に自分が嫌われていると思い込んでしまった少女沙羅の困惑を描く第3話「血文字の短冊」、学園の夏期旅行中に俊樹少年が出会った不思議な少女とその消失に関わる第4話「夏期転住」、子供たちの自主活動が大人たちによって阻害され、同じ施設の男の子の恋愛までもが壊されそうになってしまい憤る少女加奈子を描く第5話の「裏庭」、6人で通るとお化けがささやくといういわれのあるトンネルにまつわる騒動を描いた第6話「暗闇の天使」と6つの出来事が語られたのち、最終話の「七つの海を照らす星」ではこれら6つの出来事が見事に縫い合わされ、思いもよらぬ物語を描き出します。


このような、実は別々の話に思えたエピソードが、最後に回収されてひとつの物語を描き出すという手法は、ある意味で定番というか、それほど珍しいものでは無いかもしれません。でも、著者の紡ぎ出す物語と、その物語に浮かびあがる重く静かなメインテーマは、こちらの予想をはるかに上回るというか、まったく予想だにしていなかった方向に飛んでゆき、かといってそれが暴投なのでも、あざとい変化球にも思えず、ただただその美しい軌跡に息をのむばかりでした。そもそも、このような物語の構成を試みるという点で、筆者は本質的に叙述ミステリを志向する傾向があると思うのですが、その叙述への傾倒というか、おそらくそれ以上にことばに対するとても瑞々しく、しかも楽しそうな振る舞いが、本書の最大の特徴かとも思えました。巻末の選評で山田正紀氏が「じつに楽しい」と評した回文に見られる遊び心も、ほんとうに楽しかった。


結局のところ本書はどのような物語だったのか、なかなか言い表すのは難しいのですが、この徹底したリアリティーと物語の繊細さ、そしてことばの巧みさと美しさが極めて高い精度でくみ上げられて、本書は成立しているように思えます。こんな完成度の高い小説をこれまで読んでいなかったことが残念でもあり、このたび幸運にも読むことができてとても幸せでもありました。