東川篤哉:私の嫌いな探偵

私の嫌いな探偵

私の嫌いな探偵

最近凶悪事件が相次ぐ烏賊川市で探偵を営む鵜飼杜夫さんと、鵜飼さんが4階に事務所を構える<黎明ビル>という韜晦寸前の雑居ピルのオーナーで5階に住む二宮朱美さん、そして鵜飼探偵事務所の助手を務める戸村流平くんが繰り広げる、生産性の少ない探偵活動にまつわる物語。深夜の<黎明ビル>に勢いよく激突した男の謎を探る「死に至る全力疾走の謎」、浮気調査が密室殺人事件とまったく偶然に交錯する「探偵が撮ってしまった画」、烏賊神をまつる神社で起きた殺人事件を烏賊の着ぐるみを着た酒屋の娘が解決する「烏賊神家の一族の殺人」、口から白いもやもやっとしたものを発生させながら死んでしまった青年の謎「死者は溜め息を漏らさない」、アパートの一室で小火が起こる「二〇四号室は燃えているか」の5編収録。


東川氏といえば、学ばない高校生たちを主人公としたシリーズや、最近の非常識な刑事と嫌みな執事のシリーズなどがありますが、やはり本作を読むと「烏賊川市シリーズ」がもっともばかばかしく、かつ素晴らしいできだと思わされます。まず、とにかく全体に記述が無駄に冗長で、なおかつとんでもなくノリが良い上に楽しくてたまらない。例えば、「烏賊神家の一族の殺人」の出だしはこんな感じ。

烏賊川市といえば、その名のとおり、かつて烏賊漁で栄えた水産都市。最盛期には海面が盛り上がるほどの烏賊の大群が沖合に押し寄せ、十本の足をクネらせながら「おいでおいで」と漁師たちを手招き(足招き?)したのだとか。その招きに応じて、漁師たちが船上から釣り糸を垂れると、まるで大盤振る舞いのUFOキャッチャーのように、次から次に獲物が掛かったという。烏賊釣り漁船は来る日も来る日も獲物を求めて出港し、毎日のように大漁旗を掲げながら烏賊川の港に還ってきた。人々は潤い、港は栄え、烏賊川町は格上げされて市になった。烏賊川市の誕生である。
現在は烏賊漁は衰退し、街には不興の嵐が吹いているが、それはべつにいかがわしい市名が原因というわけではない。

烏賊川市がかくのごときロマンに溢れた歴史を背負っていたとは、このシリーズを欠かさず読んできた僕としては初めて知った事実であり、作者もおそらく最近知ったのではないかと思えてなりません。もとい、全体にこのエピソードは(他のもあまりかわらないけど)作者の悪ノリが炸裂した感があり、しょっぱなから異様な存在感を示す烏賊川市のゆるきゃらとおぼしき烏賊の着ぐるみ「マイカ」ちゃんが、鵜飼さんと二宮さんの前で突然名探偵に豹変し、「〜ではあるマイカ」との推測の助詞を必ず添えながらいかがわしく推理を展開して、物語を見事解決に持ち込むという、物語の探偵がイカに乗っ取られるという奇特な展開を見せるのであります。


他の物語も素晴らしい馬鹿馬鹿しさで、やはりこの一冊にここまで馬鹿馬鹿しさが真剣に詰め込まれると、これはもうなにか別次元の凄みというか、芸術的な素晴らしい馬鹿馬鹿しさとでも言おう感覚に襲われざるを得ません。この、妥協を惜しまず物語を空回りさせ続けるとことが東川氏のえもいわれぬ魅力であり、その魅力がいかんなく発揮されるのが、この「烏賊川市」シリーズなのでは、と思わされるのです。