小川一水:天冥の標 VI 宿怨 PART1

天冥の標6 宿怨 PART1 (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標6 宿怨 PART1 (ハヤカワ文庫JA)

西暦2499年、<救世群>の指導者の血脈に連なる13歳の少女イサリは、スカイシーに出張するという滅多にない機会に「星のリンゴ」を手に入れるべく、厳しい監視の目をかいくぐって脱出、巨大宇宙施設内に再現された自然環境を旅するがあっさり遭難してしまう。死を覚悟した彼女の前に、フェオドールなる不思議なロボットを伴った<非染者(ジャームレス)>の少年が出現、「スカウト」と呼ばれる仲間たちとともに、彼女を遭難から救出するのみならず、「星のリンゴ」を手に入れる小旅行に同伴することになる。その少年アイネイアの母ジェズベルは、ロイド非分極保険社団の所有する兵器開発会社MHDのFOOジョズベルという、<救世群>抑圧の最先鋒とも言うべき人物だった。


不吉なタイトルを持つこの第6巻は、それでもとても美しいエピソードから始まります。ただ外の世界が、それも子どもの頃からの夢だったリンゴが見てみたいがためだけに、無謀な脱出行に出たイサリを、冥王班感染者と知りながらもアイネイアスと仲間たちは必死にサポートし、おそらく一生に一度であろう小旅行をプレゼントします。その心意気は、当初<非染者>たちを快く思わなかったイサリのこころを揺るがし、<救世群>は忌み嫌われているだけではないと思いを新たにすることになります。他方で<救世群>とそれを取り巻く環境、特にロイズとの関係は悪化の一途を多度志、アイネイアの母であるジェズベルは<救世群>の国家的位置づけを粉砕しようと企み始め、同時に<救世群>も体質改造や度重なるロイズ関連施設等の襲撃など、明らかな敵対活動を開始します。


本作は第6巻を構成するエピソードの前編、いわば「序」の部分にあたるためか、それほど派手な出来事はおこるわけではありませんが、それでも徐々に緊張感は高まりつつあるように思います。<救世群>の謎の破壊活動とその理由、ドロテア・ワットの再登場、そしてあのノルルスカインの衝撃的な登場と退場など、だんだんと舞台は整ってきた感がありますし、またあらためてロイドの位置づけがよくわからなくなってきました。


それはそうとして、ところどころに差し挟まれるこれまでの登場人物たちの縁者、または直接の登場人物たちのエピソードは、やはりこの長大な物語を賑やかに言祝ぐ要素と言えます。そもそも「イサリ」は第1巻で登場する異形の怪人と同じ名前ですし、フェオドールは相変わらず寡黙にして優秀、190年前のMHDの社長のホルミスダスは第4巻で「倫理兵器」の営業をしていたし、<酸素いらず(アンチオックス)>の指導者が計画している恒星間有人探検船ジニ号に乗り込むロボットは、第1巻でアクリラを死ぬまで守ったあのカヨさんでしょう。そもそも、アイネアスのファミリーネームはセアキですから、第3巻であやしいながらも救世群を助けた瀬秋の子孫にして第1巻のセアキ・カドムの遠い祖先になるのか。さて、新作までもう1冊です。