東直巳:向こう端にすわった男

向う端にすわった男 (ハヤカワ文庫JA)

向う端にすわった男 (ハヤカワ文庫JA)

<ススキノ>探偵シリーズ第3作目にして初の短編集。常の居所バー<ケラー>にて、カウンターの反対の端にすわった男が「俺」の前で繰り広げる奇妙な挙動を描いた「向こう端にすわった男」、知り合いの知り合いの知り合いの娘が夢中になってしまった調子のいい奴の転落的人生を描く「調子のいい奴」、「俺」の顔なじみの客引きがヤクザに取り込まれてしまった幼なじみの女性を助けようと必死にがんばる「秋の終わり」、ホームレスの男性が別れた息子のために大胆な行動に出てしまう「自慢の息子」、詐欺師とイベント運営会社の社員と学園紛争が生み出してしまった悲劇を描く「消える男」の5編収録。


どのはなしも、どこか傷を持っていたり、一人前の人間としては大きすぎる欠陥を持っていたりする人々が巻き起こす小さな事件または事件のようなものを描いているのですが、その事件は主要人物たちのどうしようもなさと同じくらいどうしようもない顛末を描き、時には単に滑稽な、時には極めて陰惨な結末を迎え、基本的にはあまり割り切れた感じをさせません。ところが、これがとても面白かった。というか、本作はまれに見る傑作です。


最初にびっくりしたのは、表題作であり冒頭に置かれた「向こう端にすわった男」で、最後まで読んでもいまいちぴんとこなくて、少し考えればああ、そういうことかと腑に落ちたのですが、そのあまりの情けなさというか、無意味さというか、物語の落ちが本当についているのかと考えてしまうようなこの風景は、あまりにも日常的だからここまで心を打つのだと思ってしまいました。「秋の終わり」もとても素敵な掌編で、「俺」と高田が図らずも手助けすることになってしまうノブの救われなさは、しかし筆者の手にかかるとある意味とても救われているのでは、と思わされる美しさがあります。


「調子のいい奴」は、出だしこそサイコサスペンス的な犯罪小説なのかと思ったけれど、「俺」が調べれば調べるほど事態はあまりに人間的な情けなさをさらけだし、「自慢の息子」に至ってはなんともやるせないのだけれど、でもだからこそ楽しめるのです。この「自慢の息子」と最後の「消える男」は、登場人物たちの置かれた状況といい、最終的に「俺」が見届けてしまう結末といい、曰く言いがたい暗さを持っているのですが、なにか他の3編とは異なった、際だった透明感というか、現実感がある気がしてなりません。というか、これって作者の体験した実話をもとにしているのでは、それもかなりの部分が事実から構成されているのではと感じました。だからこそ、割り切れないながらも力強い物語に収束しているのではないのかなあ。まったく的外れかもしれませんが。