東直巳:消えた少年
- 作者: 東直己
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2012/08/01
- メディア: Kindle版
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映画では主演を演じる大泉洋氏もとても素敵だったのですが、松田竜作氏演じる北海道大学のダメ大学院生高田がなんとも素晴らしく、いちばん印象深い登場人物でした。映画の中ではいつも寝てばかり、オーバードクターらしいのですがバーに入り浸って主人公ととオセロしたり競馬の予想したりと、研究をしている様子はみじんも感じられない。それでもって空手の腕は師範代で、ここぞというとき(のみ)主人公の用心棒役を務めるという高田は、原作でもやはり素敵なキャラクターでした。ただ、映画では「俺」よりいくぶん年下で主人公をもてあまし気味に見えた高田ですが、原作では「俺」と同い年で、もうちょっと不穏な雰囲気を漂わせます。でも、やっぱりやる気無く力が抜けた感じがとてもよい。
物語の方はというと、自ら<探偵>と名乗ることはしない、ススキノの何でも屋の主人公が中島君と担任の安西先生にすっかり感情移入してしまい、クールなはずなのに泥臭く札幌周辺を駆け回り続けるというもので、始まり方は極めて不穏当な雰囲気が醸し出されるのですが、最終的にはある意味家庭的な結末にたどり着いて安心です。途中で映画でもご出演なされた桐原組の組長桐原さんや、その子分の相田さんも登場されましが、本作では桐原さんの個人的事情から全面的に中島少年の探索を応援し、こちらもとても心強い。そのなかで、主人公の「俺」は中島君が少し悪ぶっているけれど実は映画好きでいいやつだ、というだけの理由で奔走し、時には右足首をくじき、また中年警官には怒鳴られ、はたまた障害者施設建設反対運動に巻き込まれ、超絶に不味いラーメン屋のオヤジと仲良くなり、高田と一緒に走り回ります。事件自体やまつわるできごとは決して明るくはないのですが、この主人公とそれを取り巻く状況の乾いた明るさが、本作の一番の魅力に思えました。
文章も無駄がなく素直、登場人物のことばもなめらかで、読む目に心地よいとでもいおう感覚がありました。例えばこんな感じ。
俺はカウンターに到達した。ピンク電話の受話器を取り、壁に背中をつけて店内を眺めながら、十円玉を入れて<ハッピー・クレジット>の番号を回した。
桐原がすぐに出た。
「ハッピー・クレジット!」
下品な怒鳴り声。電話番には向いていない。
こんなにさばさばしているのに、ディテールの密度が異常に濃いのもとても楽しくて、自分の「ラーメン道」を熱く語るラーメン屋のラーメンはとてもまずかったり、中島少年が中学生とは思えないくらいに映画に詳しかったり、主人公と中島君が「桑畑三十郎」で意気投合したりと、とても良いのです。こういう、作者が心から好きなものを書いているなあと感じる文章って、やっぱり楽しいんですよね。
しかし、桐原の子分の相田がどうしても映画版で相田を演じた松重豊さんと重なってしまい、その微妙なギャップがいちいち気になってしまった。どうしても、松重さんが勝ってしまうんだよな。それも「孤独のグルメ」的な松重さんが。