小川一水:天冥の標 I メニー・メニー・シープ 上・下

人類が新たな植民地を求め地球を旅立つようになった未来、植民惑星のひとつであるメニー・メニー・シープでは、<領主>と呼ばれる人物が生活インフラの中心である発電設備やそれにまつわる様々な権利を掌握し、中世的な社会を築いていた。また海辺の小都市セナーセーには、空気呼吸を必要とせず、体内に発電機構を持つように改造された<海の一統>と呼ばれるひとたちが、<領主>の支配からできる限りの独自性を保った生活を送っていた。そのセナーセーで、いわゆる普通の人間である医師のカドムは、強力な伝染性を持った疫病を発見する。その原因を突き止めることが、結果的にはメニー・メニー・シープの存亡に関わる一大事件に発展してしまう。


小川一水氏の「天冥の標」シリーズ、1冊目の解説を見たら全10巻のシリーズとのことで、最初は怖じ気づいて手に取らなかったのですが、3冊目が出版された頃から読み始め、今では次巻がいつ出版されるのか、待ち遠しくてたまりません。それぞれの巻は独立して楽しむことのできる体裁なのですが、通して読むとあちらこちらにちりばめられた要素が互いに呼応し、なんとも壮大なスケールの物語を紡ぎ上げてゆく、おそらく類を見ないシリーズだと思います。


しかしぼくにとってこのシリーズには1つ問題があって、あまりに物語が壮大で幅広いため、新刊を読んでもこれまでの物語や登場人物、ことばの意味などが、なかなか思い出せないのです。先日第6巻「宿怨」を読んだときも、巻末にこれまでのだいたいの粗筋と登場人物がまとめられてはいるのですが、やっぱりきちんと思い出せない。こんな時のために「読書の記録」をつけておけば良かったと思ったりもするのですが、取りあえずもう一度、第1巻から読み直すことに。これがまた、おもしろくてたまらない。


小都市で発生した正体不明の伝染病から始まる物語は、その後<領主>の不可解な圧政の進捗とそれに対抗した反乱の物語へと展開していきます。なにか謎めいた世界観や様々な政治的やりとり、そしてなかなか明らかにならない<領主>の意図など、改めて読むとSFというよりはミステリー的な側面が強いように思いました。しかし、本巻には様々な、今後この壮大なSFドラマを彩る多くの要素が、すでにちりばめられています。これは、再読してはじめて感じた(というか原理的に再読でないと不可能ですが)ことで、初読とはまったく異なる物語として楽しむことができましたと思います。というか、もしかしたら初読よりも楽しかったかもしれない。というわけですっかり小川氏の手のひらで踊らされている気もしますが、「物語」の醍醐味をしみじみ感じつつ、これから6巻まで再読しなければ。そのころには7巻が出版されていると、良いのですが。