東郷隆:名探偵クマグスの冒険

名探偵クマグスの冒険 (静山社文庫)

名探偵クマグスの冒険 (静山社文庫)

19世紀末のロンドンで書生生活を送る南方熊楠が、海軍の軍事機密防衛戦略に巻き込まれたり、孫文誘拐事件を解決したり、巨大な古代兵士の遺骨紛失事件に巻き込まれたり、はたまた中国マフィアの連続殺人事件を解決したりするはなし。


書店で手に取り数頁拾い読みしたときにはいくぶん生硬な文章に思えたのですが、それにしてはクマグスのはなしことばが調子よく、そのアンバランスな雰囲気が気になって購入、とても楽しめました。物語の骨組みは恬淡とした語り口で述べられるのですが、クマグス氏の日本語での発話は括弧書きの解説が無いと意味がわからないくらいに和歌山弁で、正直暑苦しい。本書での登場人物たちですら暑苦しがるほど暑苦しいのですが、それが英語になると端正なキングスイングリッシュになるらしく、俄然端正な翻訳調で表現されます。このあたりで本書にすっかりのめり込んでしまいました。


南方熊楠という人については、粘菌を研究した偉大な変人だということくらいしか知らないのですが、本書を読んでとても偉大な大変人だということがわかりました。かといって本書の記述が必ずしも史実に基づいている訳では無く、少なくともクマグス氏の大活躍のほとんどは作者の創造だとは思うのですが、その境目がよくわかりません。解説で細谷正充氏が「本書は実在人物が多数登場する」と述べてらっしゃいますが、おそらくそうなんでしょう。結果としてどこまでが史実で、どこまでが創作なのか、混沌としてわからなくなるところに、小説の楽しさを感じてなりません。この、「現実」と「非現実」の境目が揺らぐ感覚は、どこか奥泉光氏や柳広司氏の作品にも通ずるところを感じるのですが、地の文章が圧倒的に冷静というか、静かなところが東郷氏の作風なのでしょうか。これがまた、読後になんとも言えないカタルシスを生み出しているように思います。