三木笙子:金木犀二十四区

金木犀二十四区

金木犀二十四区

それぞれの区域に咲き誇る花の名前を冠した二十三区からなる「首都」、そのはずれに、永く金木犀の大樹があることから通称「金木犀二十四区」と呼ばれる区域があった。その金木犀二十四区で、和花のみを扱う凄腕花屋の青年と山から下りてきた山伏の青年、加えて天文台で働く研究者が、地面を樹木だらけにしてしまう天狗を追いかけるはなし。


帯の紹介文を見たら、よく訳がわからないのだけれど、なにか穏やかな魅力を感じた本作、読み通してみてもやはりよく訳がわからなかったのですが、とてもおもしろかった。三木氏の作品は単行本では読んでいなかったのだけれど、創元推理文庫で読んだ「人魚は空に還る」がとても素晴らしく、おなじ「帝都探偵シリーズ」の「世界記憶コンクール」や「人形遣いの影盗み」を慌てて読んだらこれまた素敵で、その端正な筆致によって作り出された架空の世界の繊細さもさることながら、自らが作り出した世界に、どこか距離を置きつつ物語を構築するようなそぶりがとても心地よく、楽しく新作を待っていました。


これまでの一連のシリーズが明治の東京を舞台にしていたのに対し、本作は時台はおろか舞台も定かではありません。しかし、まあ明らかに東京、時台としてはわりと現在に近いのでは無いかなと思わせる世界を下地にして、作者は古より花咲き誇る都が姿をとどめるまちという、まったくの別世界を作り上げます。

ところが物語は、奇妙な舞台とはゆるやかな対比を描きながら、なにか淡々と進んでゆきます。というか、なにも進まない。確かに主人公の花屋の青年が異常な能力を発揮したり、「山伏」なる職能集団が存在するなど、どう考えても浮き世離れした世界なのだけれども、やはり作者は世界に対して距離を置き、「なにもおかしなことはないのだ」とでも言うかのように語り続ける。このあたりは、「帝都探偵シリーズ」にも通底するものがあります。


ただ、本作は物語のアンチクライマックスぶりというか、え、そっちでいいんですかと問いかけたくなるような方向への突き進み方がなかなか過激で、読んでいて本当に心配になりました。と思ったのだけれど、読み終わってみると、ああ、ここにたどり着くためにここまで読んできたのかと思わせる見事な着地で、ほっと一安心というか、なにか普通の読書では味わえない安心感を得ることができました。

主たる登場人物が、3人の青年と敵役のおじさん、女性はといえば主人公の祖母に当たる年齢のとぼけたおばあさんがひとりと、なかなかマニアックな構成のおはなしではありましたが。