大倉崇裕:白虹

白虹

白虹

どうやら警察に所属してたことのあるらしい主人公の青年五木は、夏の間は山小屋のスタッフとして、冬になると街にもどって警備関係の仕事などをして暮らしていたのだが、小屋も冬に備えて閉めようかという時に山小屋周辺で怪我をして遭難しかけた青年を救出、その後下山すると、青年の彼女が山で殺害され、犯人と目されるその青年は山路での車の事故で死んだと聞かされる。屈託のない青年の姿にどうにも納得のできない五木のもとへ、ある日突然青年の父親が現れるのだが、なぜか張り込んでいた警察に排除され、そしてその父親も不審な死をとげる。なぜだか悪いことには直感の鋭い五木は、たまらず青年と彼女の死の真実を知るべく、なんの当てもないまま「調査」を開始する。


玩具マニア、警察マニア、落語マニアと、なかなかフェティッシュな世界に造形の深さを見せつけつづけている大倉氏でありますが、最近になって山にも詳しいお方だということがわかり、体育会系から文化系まで、なんとも幅広い知識をお持ちだと、感心することしきりな今日この頃なのであります。本作は、訳あって警察を退職し、山と街を行ったり来たりして生計を立てる青年を主人公としたミステリー小説なのだけれども、どちらかというとミステリーと言うより山小屋での暮らしや山用品店の営業方法など、山を中心としたある種のコミュニティーを描きたかったというところが強いのではないかなあ。それだけに、あまり本筋とは関係ないのではと思わされる描写が、やけに印象に残る一冊でした。


でもミステリー的な部分がなげやりかというともちろんそんなことはなく、大倉氏らしい端正でいて大胆、またはある種の「え、それはないよう」と思わされるような茶目っ気にあふれ、とても楽しめました。面白かったのが、とにかく主人公の青年が暗いのです。その、なにか心に重い固まりを抱えたように暗いその青年の周囲に立ち現れる人々は、調査会社の社員でどこかただならぬ雰囲気を漂わせる男や元の上司でなぜか主人公につきまとう警官、そして店じまいした山用品店の店主など、どこか一癖あって不気味な人々なのだけれど、物語が進むにつれどうもこれらの人々が明るくやんちゃな性格になってゆくような気がしてならない。やはり、どうしてもスラップスティックを描かせてはあまり他に類を見ない作品を排出してしまう作者のことですから、どこか物語に不穏な明るさを書き込まずにいられなかったのかなあなどと、楽しく読みながら思わされました。