ダン・シモンズ:オリュンポス 1・2・3

ギリシャ神話の神々が、なぜかトロイア戦争におけるギリシア勢とトロイア勢のどちらかに肩入れして代理戦争が行われる中、記録者として神々から読みがえさせられた元21世紀初頭の古典学者ホッケンベリーは、この無益な争いに終止符を打つべくギリシアトロイアを和解させ、神々との対決を勃発させる。それを援護するように現れた機械課生命体は、時空の穴が揺らぎはじめ、決定的なカタストロフが訪れようとしていることを察知する。と同時に、ポストヒューマンによる「飼育」状態から目覚めた地球の「古典的」人類は、以前まで召使いとして使役していた二足歩行のロボットみたいな存在との、壮絶な闘いに突入していた。


前作「イリアム」を読んでいないと、まずほとんど意味がわからない本書は、そもそも意味がわからなかった「イリアム」に輪をかけて上記のごとくはちゃめちゃですが、一応はそれなりの収束を迎え、物語もある程度の整合に落ち着きます。でも、まあ無茶だよなあ。


まあ、物語の構築については、あまりの即興性とそれをまとめ上げる力強さ、その一言に尽きるでしょう。たとえて言えば、盛り上がりすぎたジャムセッションを、えいやとばかりに叩ききり、フィナーレと向かわせるドラマーのような感じ。しかも、そのジャムセッションを一人で行うというマッチポンプぶりには、驚きを通り過ごしてあきれ果ててしまわせる、力強い脱力感を感じさせられました。


で、面白かったのかというと、すごく面白かった。文庫三冊をあれまあという間に読み切らせてしまうこの展開、いくつもの視点がめまぐるしく移り変わる語り口は、一つの物語を読みながら4つくらいの物語を読んでいる、そんな感触を強く喚起します。そして、実際本書の中では相互にほとんど関係しない物語がいくつも展開するのだけれども、先ほども書いたとおりそれを無理矢理一つの物語に回収してしまう強引さ、やっぱり本書の凄みはその一点につきるなあ。


これまでの著作との関連で言えば、一時期強く感じられたユダヤ的世界への傾倒はほとんど感じられず、またギリシャ神話の本歌取りという得意技も、自分からぶっ壊してしまったためか本書ではほとんど感じられません。こんなに、シモンズが「自分の」物語を書いたのは初めてなのでは無いか、少なくとも翻訳を読んでいる限り、そんな思いを強く感じさせられました。でも、やっぱりシモンズらしいなあと思わせるのは、人工的知性体のマーンムートくんとオルフさんの、掛け合い漫才のような文学談義です。方やシェークスピア、方やプルーストを深く愛する彼(?)らのほのぼのとした会話が、やっぱり僕にとってこのシリーズでのもっとも愛すべきエピソードなのでした。