桜庭一樹:GOSICK IV 仮面舞踏会の夜

前作で謎の修道院にとらわれてしまったヴィクトリカを無事救出した久城が、彼女と共にソヴェールへと帰還する車中で起こった殺人事件にまつわる物語。一つの客室に偶然集まった人々は自己紹介を互いに行うのだが、自らを「木こり」や「公妃」などと呼び、不思議と本当の出自を隠そうとする。そんな中、食堂車で行われたたわいもない遊びのさなか、「孤児」と自分を紹介した若い女性が突然もだえ苦しみはじめ、結果亡くなってしまう。そしてソヴェールに到着後、警察に拘留された一行は、それぞれにそれぞれの物語を話し始める。


これまでのシリーズが、いわゆる「ライトノベル」的な要素をある意味「きちんと」表現していたのに対し、本作は桜庭氏の文章に対する思いが優先され、「ライトノベル」的な要素をまったく感じることなく読むことができた、一読してそんな感想を持ちました。もちろん、ある種の「ライトノベル」的な要素はきちんと配置され、細やかな著者のお気遣いも充分に感じられるのですが。


物語の体裁としては、事件が起こる前半と、その後登場人物たちのモノローグによる後半の、二部構成であると言えます。また、これはある意味問題の出題編と、解答編とも読み取れます。面白いのは、それぞれ好き勝手に自己紹介をしていた登場人物たちが、後半では「本当」の自分を語りはじめるものの、それが必ずしも「正しい」ものではなく、ヴィクトリカによって「正しい」姿が粉々に粉砕されてゆくところです。


また物語の構成は、芥川の「藪の中」を思わせる、極めて技巧的であり、また小説という形式をぞんぶんに活かしながらも、現実のありように肉薄してゆく、そんな力強いものを感じさせられました。平たく言えば、一つの事象は、それぞれの観測者によってそれぞれに「構築」されるものであり、普遍的な「事実」など存在しない、ということが、小気味よく物語の支柱として使われているのです。しかも本書の醍醐味は、そのそれぞれの「事実」事態が虚飾に彩られたものであり、いったい何が起こり何が起こらなかったのか、あくまで判然としないというところにあります。


本シリーズは、過剰なまでの登場人物の造形とクリシェによって、読者を「物語」といううっそりとものぐらい、奥深く因果の深い世界に引き込む罠のようなものなのではないか、というと大げさに過ぎることは承知しておりますが、少なくとも桜庭氏の物語に対する過剰な偏愛を確かめることができるという一点において、けっして「ライト」なノベルとしては立ち現れてこない、そんな思いに至らされる一冊でした。