山口雅也:キッド・ピストルズの醜態 パンク=マザーグースの事件簿

キッド・ピストルズの醜態

キッド・ピストルズの醜態

公共サービスの質の低下に伴い警察機構の質も極端に低下、そのため民間の「探偵」たちが警察の上部組織として機能するようになった「パラレルワールド」のイギリスを舞台とした連作集の最新刊。今回は、主人公であるパンク警察官、キッド・ピストルズとピンク・ベラドンナが、死体の第一発見者が死体とともに閉じ込められた密室の謎、被害者の皮を剥ぐシリアルキラー、不思議な病院に閉じ込められた3人の男たちの顛末に巻き込まれる。


かならずマザーグースが見立てに使われる事件が発生したり、「探偵」というある意味近代の産物とも言うべき存在が大手を奮って活躍するという、なんとも古風な雰囲気を感じさせる本シリーズですが、今回もまたその設定は踏襲されます。一方で、「パラレルワールド」の中での時間設定はおそらく現代であり、そのあたりの曰く言い難い違和感が強く打ち出されているという点で、本作はこれまでの「キッド・ピストルズ」のエピソードとはすこし違った味わいを感じさせられました。


山口雅也氏と言えば、言わずと知れた「生ける屍の死」という、タイトル自体が転倒した世界観を感じさせ、実際に転倒し続ける世界での小説でデビューした、鮮烈な印象のある作家であります。その作風は、物語世界の独自すぎるありようのなかで、登場人物たちも極めて特殊、しかし物語自体においては極めて構築的な世界を作り上げるという、アクロバティックにすぎるよ、とつぶやきたくなるくらいに大胆かつ技巧的なものがあるように思います。


それは、どう見ても日本に行ったことのない日本好きのアメリカ人が、日本のトーキョーで起こった殺人事件を「トーキョー・サム」さんが解決する「日本殺人事件」シリーズであったり、お見合いをする度に事件に出くわし、しかも解決してしまう女性を主人公とした「垂里冴子のお見合いと推理」シリーズなどに明らかだと思うのですが、でもやっぱり僕はこの「キッド・ピストルズ」の物語が好きだなあ。


本シリーズの素敵なところは、主人公は不健康にやせこけてモヒカン頭のパンク男、その相棒はこれまたパンキッシュでネックレスの代わりは犬の首輪、加えてモラルに多少の問題を抱えるパンク女という、どうみても取り締まるというよりは取り締まれる側に思われる警察官が、このパラレルワールドでは警察に先んじて捜査権を持つ「探偵」たちの推理の矛盾をことごとく指弾して行き、むしろ事件の真相をずばずばと明らかにしてゆくという、転倒に転倒を重ねた構成にあります。加えて、それぞれのエピソードには必ずマザーグース通奏低音のように立ち現れるという、なんとも古典的な、エラリー・クイーンを思い起こさせる作劇法も、この舞台設定と主人公たちの振る舞いとの間に強烈な違和感を感じさせ、とても心地よいのです。


ところで本作を読んでいて、ふと山口氏はこれまでの作風とは違った路線を模索し始めたのではという思いにとらわれました。それは最後の「三人の厄災の息子の冒険」に明らかだと思うのですが、これまでは物語の舞台自体は奇妙な転倒を見せながらも物語自体は極めて古典的な構成を感じさせていたのに対し、物語自体をねじ曲げ読み手に不穏な空気を強く漂わせると言った、物語の「語り」のレベルで新たな試みを行っているように思えます。特に上記の「三人の〜」において、これはなにか鳥飼否宇氏の一連の作品に通じるものがあるなあ、と感じさせられたくらい、本作にはこれまでにない物語の破綻と収束、そして読者に戸惑いを覚えさせる奇妙な手触りがある。これが極めて端正な語り口で展開されるというところに、なにか鳥肌の立つような美しさを感じさせられました。