グレッグ・ルッカ:守護者(キーパー)

守護者 (講談社文庫)

守護者 (講談社文庫)

28才、陸軍出のフリーランスボディーガードである主人公は、パートナーの中絶手術に立ち会った先の病院で壮絶な中絶反対運動に直面する。その院長から2週間後に迫った中絶反対派・容認派の会議までの身辺警備を依頼された主人公は、院長と院長の知的障碍をもつ娘の警備を始めるが、脅迫メールは過激化し、女性を含むマイノリティーに対する差別意識をモチベーションとする中絶反対運動家の行動も激化、パートナーにも距離を置かれ始める主人公は、大変な状況に突入する。


どこかまったく関係ない小説の解説で「横綱」格に認定されていた本書の著者グレッグ・ルッカですが、書店に行ったらシリーズ完結作が並んでいてしまってちょっとなと思い、シリーズの発端となった本書から読んでみたところ、どうやら妥当な判断だったようです。


舞台は異様な幕開けを迎えます。主人公とその警備対象者かつ恋人であるらしい女性がニューヨークの産科病院を訪れるのですが、その病院は過激な中絶反対運動家に取り巻かれています。騒然とした雰囲気の中ではじめのうちはプラカードなどの穏当な示威行動が、そのうち一部の過激派は暴動とも言える行動に乗り出します。そして女性院長のロメロのもとにはっきりと身体的危害を示唆する脅迫状が届きはじめます。院長から24時間ボディーガードを依頼された主人公は、信頼できる仕事仲間3人とチームを組んで仕事を始めるのですが、脅迫の相手は見当はつくものの特定することができず、そんななか事態は悲劇的局面を迎えてしまう。


とまあ、内容的には残念なボディーガードの物語のように思えるのですが、本書の面白いところは結局誰が危害者であるのか、物語の中で揺れ動きつつ読者に不穏な雰囲気を感じさせるところにあるように思えました。いったい誰が、どのような動機で凶悪な殺意を示すのか、物語が進むにつれその対象はぼんやりとして行き、これは作者が本当に意図しているのかわかりませんが、読み手としては誰を信用してよいのかわからなくなる、そのあたりに本書のもっとも大きな魅力があるように思えます。


しかもその後の展開が、解説にも「若書き」と言われている作者の早熟さが功を奏したか、けっして技巧的にならず物語としての密実さを追い求めているように思えるところに、本書の素晴らしいところがあるように思えます。これが某作家ならば二転三転する犯人候補を作り出し、そしてもっともそれらしくない人に落ち着かせるという、わりかし驚きのない結末にたどり着かせてしまうようにも思いますが、本書はあくまで物語が内包する「倫理観」とも言うべきものに忠実に展開してゆきます。そのため、よく考えればずいぶん陰惨な物語ではありますが、安心して読むことができるのです。


しかし、本書は妊娠中絶の是非に関する議論を主軸に置いていますが、それよりはむしろボディーガードの日常的な業務の記述の方がリアリティを感じて面白かったです。主人公が正直に依頼者に対して「完全な警備はできない」と言ってしまったり、依頼者の行動に振り回されたりするあたり、民間の警備会社も大変なんだなあと思わされました。本当かどうかわからないけれど、こういう決して日常的には知ることのできない他業種の苦労を知ることができるところが、本筋とは関係ないかも知れませんが本書にずっしりとした手応えを与えているように感じました。