東川篤哉:謎解きはディナーのあとで

謎解きはディナーのあとで

謎解きはディナーのあとで

一大企業グループ会長の一人娘は、その素性を隠しながら国立警察署の刑事として勤務するが、その上司である警部も中堅自動車メーカの御曹司、ことあるごとに嫌らしい自慢を忘れない。この2人が奇妙な事件に遭遇し、警部はその奇妙な思考で事件を引っ掻き回し、頭を抱える主人公の話を聞く執事兼運転手が、主人公たちの頭の悪さを容赦なく指弾しつつ、鮮やかに事件を解きほぐす。


うん、やっぱり面白い。東川氏と言えば、初期は徹底的に無意味で馬鹿馬鹿しい物語の展開に圧倒されましたが、その後は素晴らしい馬鹿馬鹿しさを保ちつつ物語に奥深さを追及し成功してしまうという、なんとも言い難い離れ業を成し遂げた作家という印象がありました。本作もその流れの中に位置づけるとすれば、いままでのどの作品よりもミステリとしての形式を意識している作品のように感じました。それでも、主人公をことあるごとにちくちく馬鹿にする執事の壊れっぷりなど、東川氏らしい馬鹿馬鹿しさは相変わらず健全です。



しかし、こんなにミステリらしい東川氏も初めてで、ちょっとびっくりです。始めの事件は自室の真ん中でブーツを履いたまま絞殺された女性の謎、その後も密室殺人や薔薇のベッドに横たえられた女性の死体、そしてダイイングメッセージなど、まるで推理小説作家が書きそうな古典的なシチュエーションに溢れています。


ほんとうにこれが東川氏の作品か、と始めは思ってしまうのですが、読み進めるうちにむしろ東川氏らしい悪ノリ感とグルーブ感が強く感じられて楽しめます。また、「もう誘拐なんかしない」ではじめて実際の土地を舞台とした東川氏ですが、本作では国立駅南口から谷保駅に広がるエリアが主なる舞台として採用されています。ここは僕にとってもとてもなじみのある土地なのですが、谷保天神と「野暮天」との関係など、極めて本筋との関係が感じられないエピソードが、必要以上に正確に語られるところなど、やっぱり東川氏の物語だなあと強く感じさせられ、また楽しめる作品でした。


しかい、やはり東川氏の良さは、この地の文章の力強さにあるのでは無いかなあ。本来ならば地の文章の視点の立ち位置が気になるところなのですが、それが全然気にならない、しかも非常に作者の声が溢れているところに、えもいわれぬ安心感があるように思います。