スチュアート・ネヴィル:ベルファストの12人の亡霊

ベルファストの12人の亡霊 (RHブックス・プラス)

ベルファストの12人の亡霊 (RHブックス・プラス)

2007年、永年にわたる紛争が政治的な解決を見せ、民主的で平和な社会が動き出そうとしつつある北アイルランドで、1人の元テロリストは自分が殺害した12人の人々の亡霊に日々悩まされていた。そして、その亡霊たちは、自分の死に責任を持つ人々を殺すよう、男に要求してきたのである。極度の不眠と悔恨に耐えられなくなった男は、亡霊たちの指示するまま目標を殺しはじめるが、それが和平合意を微妙に狂わせることになる。

不思議な物語で、主人公は若い頃からIRAのテロリストとして破壊工作を担当し、12年の懲役を明けて出所した後に周囲の人間から英雄扱いされています。しかし、実際は亡霊に悩まされる日々の中でアルコール中毒となり、しまいには和平合意をぶちこわすような挙に出ることになります。と書くと鬱々とした物語のようにも思え、実際鬱々としていることも否めないのですが、不思議と明るい気分で本書を読み終わることができたのは、結局のところ本書は主人公の魂が(非常に暴力的な方法ではありますが)救済されてゆく物語に他ならないからでしょう。


はじめ、主人公は自分がはじめて殺害してその死体を遺棄した少年の母親から、少年の居場所を詰問されてしまいます。そこで少年の遺体を埋めた場所をしゃべってしまった主人公は、組織の中で問題を抱えるポジションに置かれてしまう一方で、自分の冒してきた殺人行為を埋め合わせることができるのではと感じるようになります。


そして主人公の前に立ち現れる過去の亡霊たちは、主人公に執拗に殺人を求めるようになります。このあたり、ある種のクライムのベルとして読むこともできるのですが、本書をとても魅力的にしているのは、この行為がぶちこわしはじめる北アイルランドの和平プロセスという、ぼくのまったく知らない政治的動向にあると感じました。


巻末の解説にそれは詳しく説明されているのですが、この解説を読むまで僕は本書の背景を10年くらい昔のものだと思っていました。しかし、上述の通り本書は2007年を舞台としています。現在も、このような微妙で複雑な政治的状況が展開されている北アイルランドという土地に、無性に行ってみたくなってしまったと言うだけでも、本書の持つ力強さを感じさせられます。そういえば、アイルランド諸国に自治権を与えたのはトニー・ブレアの時代でしたっけ。よく考えれば、僕が学生の頃はIRAの爆弾テロなどの事件は日常的に新聞の紙面を騒がせていたものです。それがこんな小説が執筆されてしまうのですから、つくづく時代の流れというものは予測不能であり、またダイナミックに転換しうるものなんだなあと感じさせられました。