イアン・サンソム:アマチュア手品師失踪事件 移動図書館貸出記録 2

アマチュア手品師失踪事件 (移動図書館貸出記録2) (創元推理文庫)

アマチュア手品師失踪事件 (移動図書館貸出記録2) (創元推理文庫)

ロンドンからやってきた、アイルランドの片田舎タンドラムで移動図書館の司書として働くユダヤ人青年イスラエルは、どうかんがえても性格は破綻し生活能力に欠け、その上まったく自覚が無いというどうしようもない人間なのだが、ある日百貨店で歴史展示を任されることになる。まわりの展示品を破壊しつつ用意を進める彼のもとに管理人がやってきて、支配人が失踪、なおかつ大金が盗まれたと主張する。なぜか混乱の極致に達してしまったかれは当然のごとく犯人扱いされ、疑念を晴らすため真犯人を探す捜査のようなものを開始する。


巻末の解説には「イスラエル君萌え〜」みたいなことが書いてありますが、解説というものが読者と当該書物のミスマッチングを防ぐガイドラインとしての役割があるとすれば、この解説はまったくその役割を果たしていません。なぜならば、本書は僕にすれば、ほぼ悪意に満ちた作者の悪ふざけの具現化であるとしか思えず、極めて読者を選ぶというか、挑戦的な物語に思えるからです。


まず、主人公の性格がどんどんと破綻して行きます。前作では、ロンドンからやってきたナイーブな青年のある種の成長物語と(多少良心的に読めば)理解できないこともなかったのですが、本作においては徹底的に単なる駄目なひととして描かれます。また、本作では「イスラエル」という名が表すユダヤアイデンティティーが、本人には徹底的に重要視されないことが強調され、いったいなぜ主人公をユダヤ人に設定したのか、まったくわかりません。宗教といえば、唐突に始まる礼拝の場面では、こんなシュールな情景が繰り広げられます。

ここで指導者をつとめたのはやはり聖職者用カラーをつけたべつの男性(小太りで、顔がてかてかしていた)で、ショーのこの部分では会衆がひらすら何十回も「主をほめたたえよ」「主を愛しています」「神聖なるイエス・キリスト」「わが贖い王」「イエス・キリストは主なり」といった文句をくり返した。この時点でイスラエルは、ロバーツ牧師がなにやらいかがわしいカルトにかかわっているのではないかと疑いはじめていた。

こんな感じで、キリスト教すらその飽くなき諧謔の探求から逃れられません。また物語も、まったく構築の意図を感じさせません。たんにイスラエルとそれを取り巻くシュールな状況を気の赴くままに書きなぐり、締め切りが来たから終わりにした、そんな感じがしてたまらない。そのため、なぜ自分がこのような文章を読んでいるのか、そしてこれがどのように物語と関わっているのか、まったく分かりません。


そしてこの不可思議な不条理感こそが、本作のもっとも魅力的なとこでありました。これは読者は選ぶけど、傑作、または怪作とも言うべき作品だと思われます。まあ、あれですね。これは小説と言うよりコントなんでしょうね。ただ、読み手がひたすら作者から突っ込まれ続ける、その不条理感が喜びに感じられる人のみ楽しむことができるのではないかな。ちなみに僕はたいへん楽しみました。