小松エメル:一鬼夜行

(P[こ]3-1)一鬼夜行 (ポプラ文庫ピュアフル)

(P[こ]3-1)一鬼夜行 (ポプラ文庫ピュアフル)

舞台は明治の御一新直後の江戸、百鬼夜行からはぐれてしまい、しかも人間の世界へと空から落ちてきた自称大妖怪は、見た目は奇妙な服を着た蓬髪の少年にしか見えない。彼が落ちた先は、古物を商う独り身の男なのだが、これがまた妖怪のごとく面構えが悪く、無愛想なことこの上も無い。この二人が、様々な怪異に突然襲われることになる。


まあ何というか、基本的には人情物語を妖怪と幕末という二つの要素で磨き上げる、仕上げに極めて現代的な言葉遣いで磨き上げた本書、とても読みやすく楽しめるのですが、ともすれば極めてキャラクターの属性だけによって支えられる、予定調和のつまらなさに落ち込んでしまうのではと、一抹の危惧を感じさせます。しかし結局のところとても楽しく読みとさせられてしまったのは、本書のとても丁寧な物語の作られ方によるところが大きいように思えました。




物語は小春という名の妖怪と、喜藏という名の古物商の、それぞれの一人称での語りが目まぐるしく移り変わりながら展開します。そこでは、それぞれの心のうちが語られるのですが、なんだかどうやらそんなに単純なことでは無いらしい。小春も喜藏も、読者に決して明かさないなにか謎めいた過去をもつようなのいです。しかし、その内容を明かすことなく進められる物語には、作者の周到な作劇法へのこだわりが感じられてとても楽しめます。


また、物語の枠組みというか、形式としては、極めて間口の広い、明るく楽しい世界が採用されているように思うのですが、一つ一つのエピソードが語られるにつれ段々と世界は重苦しさを増し、これが妖怪的なのかはわかりませんが、なにか暗く鋭い断面を見せ始めます。このあたり、ついうっかり物語の世界にからめ取られてしまうところに、作者の力量と自分のつくりだした世界に対する愛情が感じられるような気がしました。


また物語もクライマックスにさしかかると、ほんとうにこの物語は幸せなる結末に着地するのか不安で溜まらなくなってしまいますが、そこも鮮やかにおさめながら書き切るところには、とても爽快なものがあります。妖怪小説、歴史小説、ファンタジーと、分野分類的には単純にカテゴライズされてしまうであろう本書ですが、そのために手が伸びない人がいるのではと、ちょっともったいない気分にさせられました。