ルイス・ベイヤード:陸軍士官学校の死 上・下

陸軍士官学校の死 上 (創元推理文庫)

陸軍士官学校の死 上 (創元推理文庫)

陸軍士官学校の死 下 (創元推理文庫)

陸軍士官学校の死 下 (創元推理文庫)

厳格な規律で運営される陸軍士官学校で、行方不明になった生徒が首吊り死体となって発見される。自殺かと思いきや明らかに他殺の証拠が。彼は、その心臓をえぐりだされていたのである。たまたまその場に滞在していた元警官は、校長の求めでその事件の捜査にあたることになるが、彼の助手役として名乗りをあげたのは、その学校で士官たるべく鍛錬に励む、若きエドガー・アラン・ポーであった。


上下2巻の大作、始めから取り掛かるのにある種の億劫さを感じていたのですが、読み始めの予想どおり、読み通すのには結構な時間がかかってしまいました。物語自体は、とても面白かったんですけどね。




なぜこんなに時間がかかってしまったのか、自分でも良くわかりませんが、おそらくそのポーの文章を多分にオマージュしているとおもわれる、ある種の難渋さを持ちながらも美しさを感じさせる、物語全体に流れる気だるい雰囲気に理由があるように思います。
この小説の不思議なところは、あまり語られることのないと思われる若かりしころのポー、それは自身過剰で過度に情熱的であり、またこれでもかというくらいにダメ野郎さを爆発させている人物が、主人公と思われる元警官の存在を、物語が進むに連れだんだんと侵食し、気がついたらポーの世界にすっかりとらわれてしまっているかのような気にさせられるところにあります。


ポーの世界といえば、その耽美性とゴシック的な装飾性、そして出典のわからない数々の意味ありげな引用に基づいたことばの世界だと思うのですが、本作では士官学校で起きるオカルティッシュなできごとが、まるでポーの世界で語られているかのような、不思議なメタ的雰囲気を感じさせるのが、本作のもっとも大きな特徴と言えるでしょう。


事件自体の解決は、物語の舞台のあり得ない地味さも合間ってそれほどドラスティックな盛り上がりを見せると言う訳でもありませんが、ポー好きであればこれはと膝を打ちたくなる記述に、本作は溢れているように思います。この作家が他にどのような作品を書いているのかははわかりませんが、この作風でどんな物語が語れるのか、ちょっと不思議になってしまいます。それほどに、ポーへのオマージュ感が溢れる本作、ミステリとしてはある意味予定調和の進行が待ち受けているのであります。現代の作家が、このような小説を書いてしまうということ自体には、それなりの凄みを感じるのですが。