門井慶喜:血統

血統

血統

父と祖父を高名な日本画として持つ主人公の青年は、絵の専門的な教育を受けながらも現在はペットの肖像画家、自称「絵画制作師」として生計を立てている。その彼が、ふとしたきっかけで犬のブリーダーと知り合いになるのだが、そのブリーダーが育てている犬は真っ白なダルメシアン、つまりアルビノのダルメシアンだった。どのようにしてアルビノを繁殖させることができたのか、ブリーダーに尋ねるも答えは得られず、ペットの絵描きに精を出していた主人公は、ある日そのブリーダーが失踪してしまっていたことを知る。


最近とても端正で、しかも情緒豊かな文章を書く作家さんが増えてきたように思います。門井氏もその筆頭と思われる1人で、平成15年に新人賞、平成18年に単行本デビューを果たすという、ずいぶんと若手な描き手のように思うのですが、そのことば運びの確かさと、物語のそこに横たわる確固たる知識には、いつもいつも感嘆させられます。本作も、今までとはまったく違った世界の中で、やっぱり素敵な物語が作り出されています。


門井氏の特徴として、なにか一つの専門的な分野における掘り下げの上に、物語を作り込んでいるように思えます。それは「天才たちの値段」では西洋画であり、「人形の部屋」ではビスクドール、「おさがしの本は」では図書館学と当然ながら書誌的知識だったのですが、本作では日本画と犬のブリーディングという、どう考えても結びつけられようのない二つの要素が、渾然として一つの物語を作り上げているところが素晴らしい。


それに加え、「雄弁学園」に特に顕著に表れる、形而上学的議論の世界というか、思弁論的世界の勢いのよい暴発も、静かに見える本書の中に実に周到にしかけられています。また幾分技巧的かとも思いますが、始まりのエピソードがこの手の物語によく見られるように物語の最後に回収されるのではなく、物語の中盤、もっとも状況が混沌とした時間帯に巻き取られてゆく構成も、しびれるように気持ちの良いものがあります。


しかし、門井氏といえば、どこか諧謔味あふれるというか、静かなのだけれどおかしみがあふれる描写を常としていたように思えるのですが、本作はむしろある種の悲劇的カタルシスを感じさせるという点で、これまでの作品とは少し違った味わいを感じさせるものでした。だからといってなにかが損なわれているわけではけっしてなくて、むしろ門井氏の作品世界の広がりを感じさせてくれたという点でも、本書は極めて楽しい読書をもたらしてくれたのです。門井氏といい、滝田務雄氏や大倉崇祐氏など、最近の書き手はえらくレベルが高いなあ。柳広司氏のような、ベストセラー作家になることは間違いないように思えます。奥泉氏のようなベテランも新作を出すし、最近は読みたい本が多くて楽しくてたまりません。