大倉崇裕:小鳥を愛した容疑者

小鳥を愛した容疑者

小鳥を愛した容疑者

警視庁捜査一課で「鬼」と呼ばれた凄腕警部補は、しかし職務中に銃撃を頭部に受け、半年の入院生活を送ることになる。そのため元のポジションから外されてしまった彼が回された部署が「警視庁総務部総務課動植物管理係」の「課長代理心得」。表向きは被疑者の飼育する動物をケアすることを目的とし、その実は刑事をリハビリさせるためのポストであった。のはずなのだが、そこに持ち込まれるいくつかの案件は、きまってなにかおかしいところがある。それを、唯一の専属捜査員とともに洗い出す打ちに、知らぬ間に捜査の現場に舞い戻っていることに主人公は気がついてゆく。


大倉氏と言えば、大の大人の玩具争奪戦を描いた「無法地帯」をはじめ、異能の刑事たちの「活躍」を描いた「丑三つ時から夜明けまで」、不運なアルバイト青年が巻き込まれる騒動を描いた「白戸修の狼狽」シリーズなど、どこかおかしさにあふれつつも、よく考えるとマニアックで異常な世界を描き出す、まちがいなく最近の作家の中ではずばぬけた作品を次々と描き出し、僕の出たら買う作家リストに重要な位置を占める作家なのであります。今日も打ち合わせ後に立ち寄った丸善で本書を発見、反射的に購入し、すぐさま読み終えてしまいました。


「七度狐」に見られる落語への深い造詣や、「丑三つ時」や福家警部補シリーズなどにみられる警察小説への傾倒、そして「聖域」シリーズのような山岳小説など、大倉氏はほんとうにおっきなポッケを持っているなあと、いつも感じさせられます。その最たるものに、「無法地帯」に見られるマニアックな世界があるのだけれど、本書は警察小説に動物の生態を織り込むという、これまた予想もしないマニアックな構成で、悶絶するくらいに面白かった。


動物系のマニアックな推理小説というと、まず間違いなく鳥飼否宇氏が思い浮かびます。たしか大学でもそちらの分野を選考され、現在は奄美で動植物と戯れる生活を過ごす鳥飼氏の物語は、例えば「昆虫探偵」に見られるように、読者が知るわけもない知識を前提として物語が展開されるという、極めてシュールな構成が美しく、また「太陽と戦慄」のようなこれまたマニアックな音楽の世界、そして「変態的」のような変態の世界が強烈で、現代の作家の中でもっとも素敵な物語を作り出しています。大倉氏は、これまでどちらかというともう少し正統的な構成で物語を描き出していたように思うのですが、本作は見事にその枠組みを振りちぎっていてびっくりしました。


物語自体はとてもシンプルで、閑職に追いやられた警部補が、つぎつぎと動物にまつわる事件に巻き込まれ、元動物園勤務という変わり種の女性警察官に翻弄されつつ、隠れた真実を暴いてゆきます。この女性警察官の見せるマニアックな動物に対する知識と、そのまったく常識的でない視点から展開されることばの数々が、なんとも心地よくたまらない。「動物と人間とどっちが大切なんだ!」と主人公に問われ、迷いもなく「動物です!」と答える彼女の不必要に専門的な知識の数々は、本当にこの物語に必要だったのだろうかと思わされますし、実際にさらりと書き流しても同様の物語を作り出すことは可能に思えます。しかし、この無駄に衒学的なエピソードの横溢が、本書をして極めて切れ味良く、また読み心地を豊かなものにしている重要な要素に思えます。


こういう、デティールの豊かさというか、不必要さの応酬というか、そういうものが読書を読むという行為を、とてつもなく心地よいものにしているのだなあと、改めて感じさせられました。しかし、大倉氏はこんな知識をいったいどこで仕入れたのだろう。このために勉強したとは思いづらい詳しさだし、ホームセンターでのペットショップでの店員とのやりとりなど、とても自分で経験がないと描き出せないリアルさです。このあたりが、やっぱり素敵なんだよなあ。