村瀬拓男:電子書籍の真実

電子書籍の真実 (マイコミ新書)

電子書籍の真実 (マイコミ新書)

土木工学出身ながら新潮社に勤め、その後電子書籍の事業化に携わるうちに法律を勉強せざるを得なくなり、なんと弁護士の資格まで取得してしまったという異色の経歴を持つ筆者による、電子書籍のこれまでとこれからを、自らの具体的な経験を基に説明したもの。


電子書籍というと、すぐiPodKindleだという話しになり、それがどんなに革新的かという言説に溢れる(そして間違いなくすぐに失望の言説に溢れると思われますが)なかで、本書のようないわゆる伝統的(もしくは旧来的)な現場にいる専門家の、冷静かつ分析的な語り口に、まず読み物として強い共感を感じました。そして内容も、極めて説得力を感じさせます。


本書は、まず今年に入ってからの電子書籍に関する様々な動向を説明した上で、それらの急進的に思える動きの歴史的背景を紐解いてゆきます。それは、電子辞書に始まる日本の電子出版の歴史であり、それが試みられる度にどのような困難に直面したのか、実にわかりやすくがなされます。著者は、このような試みは必ずしも全力投球的なものではなかったと認めています。しかし、僕としては他の電子出版、またはクラウド系の新書ではまったく無視される、もしくは失敗の歴史としか語られなかったこれらの事柄について、それだけでもないはずではと、前々から感じていました。その違和感を、本書はようやくはっきりさせてくれたように感じました。


というのも、僕はわりかし早い時点で電子書籍に接した経験を持ちます。それは、もう10年くらい前、筑波技術短大(現在の筑波技術大学)を訪れた時のことでした。盲人や聾の人々を対象とした世界でも珍しいこの大学の図書館には、電子化された一般書籍が大量に並べられ、本当に驚かされたものです。その大学の先生によれば、確か新潮社だったと思うのですが、出版社の好意で読み上げ対応のデータを提供して貰っているとのことでした。それまで、全盲の人の読書環境といえば、点訳か対面朗読しか知識がなかった僕には、これは極めて衝撃的な体験でした。ただ、やはり一般に頒布するには著作権の問題があるらしく、なかなか一般書がデータで配信されることも進まなかったのですが、ここに来て大きな展望がひらけて来たように思います。そして再び、書籍の電子化の問題点という、古くて新しい問題を整理してくれたのが、本書と言えます。


具体的には、本書の最後の三章を構成するフォーマット、流通、権利の問題です。ここが、本書の良いところで、そもそも電子書籍を具体的に流通させるために何が必要かと言うことを、古めかしくもあるものの着実に論じているところに、とても共感を持ちました。電子書籍というと、とかくレイアウトの自由さであったりコンテンツの新しいあり方など、形式の問題が取り上げられることが多いように思うのですが、やはり流通のインフラが基本になるはずです。その基本的な問題の現在的な状況を、わかりやすく本書は解説してくれるものでした。


視覚障害の立場からは、やっぱりきちんと読み上げてくれるか、がとても大事なんですよね。そのときに、漢字の読みであったり、書き文字とは必ずしも一致しないルビの振り方であったり、日本語としても問題をまず解決してもらいたい。そのような問題意識が出版の側にも存在し、なおかつ様々な試みがなされているということがわかっただけでも、本書には貴重な価値があると感じたのです。地味で地道な作業だけれど、やはりインフラ整備を、この時期だからこそ出版業界の方々には頑張ってもらいたい、そのような思いに強くとらわれました。