榊一郎:ザ・ジャグル 汝と共に平和のあらんことを 4

軌道エレベータの直下に建造された「永久平和都市」オフィール、そこでは一見治安は安定し、ある種のユートピアが形成されているように思えた。しかし実際は、その利権を収奪しようと試みる人々や、オフィール内部に存在する反体制分子の躍動などによって、日々危機的な状況が勃発している。それらを事前に、かつ隠密に制圧すべく組織された治安維持部隊、通称「手品師」の、悩みにみちた業務遂行の様子を描くシリーズ第4弾。次作が最終話とのことで、一気に物語の緊迫度は増してゆくことになる。


以前も思いましたが、後書きに作者が曰く「軽小説屋」という肩書きがまったく似つかわしく感じられない本シリーズ、本作でもその重厚なる世界観と、個人を翻弄する「戦争」というものが、容赦なく描かれてゆく展開に、息をのむ思いを感じさせられつつ、あっというまに読み通させられてしまいました。


本作は、軌道上にある「トップステーション」でのテロ行為を描いた「メテオリック・シャワー “Sequel”」、軌道上企業体から送り込まれたテロリストをオフィールとシンガポールを結ぶ改訂通路で暗殺する作戦を描いた「コンボイ」、そして「手品師」の隊員の暴走とそこに隠された個人史を描く「復讐者」の、3つのエピソードからなります。相変わらず、物語のテンポは歯切れ良く、ぐいぐいと読み手を引き込んでゆく牽引力にあふれているのですが、今回はどのエピソードも極めて重苦しいバックグラウンドを感じさせるところが、なにか今までと異なった雰囲気を感じさせます。


それは、次作が最終作となるための物語的要請によるものなのかも知れません。事実、オフィールの敵対勢力による破壊工作はだんだんと影輝度を増し、それにともない「手品師」たちの任務も困難、かつ隠匿性を確保することが難しくなってきます。主人公たちの匿名性も、徐々に失われてゆく場面が随所に展開されます。


しかしこのようなエピソードが、作者によるなにか気恥ずかしさのような雰囲気を感じさせる後書きに感じさせられる、予定調和的に設計された筋書きの中で計算され尽くして配置されたとは、とても思えません。どう考えても、作者は「戦争」と「平和」というものが切り分けられる状況なのか、本当は「戦争」の状況を常に人々は生き、その事実に目をつぶっているだけなのでは無いか、と問いかけているように思えてならないのです。


例えば最近で言えばユーゴの内戦があり、そのまえはボスニアヘルツェゴビナの凄惨な内線がありました。今でもスーダンでは恐るべき事態が進行していると言われますし、ツチ族フツ族のお互いの民族浄化を目的とした凄惨な殺戮の応酬は、今は亡き伊藤計劃氏がいみじくも描き出したとおりです。本書も、なにかそのような現状に対するやりきれなさを、作者のもっとも特異とする形態で表現した、そのように思えてなりません。と書くと暗くてたまらない小説のように思えるかも知れませんが、そこは自称「軽小説家」たる榊氏の面目躍如と言ったところで、あくまで読み手を先へ先へと推し進める軽快な作劇法には、これまた感じ入ってしまうものがあるのです。