ジル・チャーチル:風の向くまま

風の向くまま (創元推理文庫)

風の向くまま (創元推理文庫)

資産家だった父が大恐慌のおかげで破産、おかげでニューヨークで貧乏生活を暮らすことになった兄妹のもとに、突然大叔父の訃報が。しかも、莫大な遺産を兄妹に残しているらしい。しかし、そこには条件があって、片田舎にある大叔父の豪邸に十年間住み続けなければならないとのこと。半信半疑で現地に赴いた兄妹は、大叔父の死に他殺の疑いがあり、その容疑者として自分たちが疑われていることを知る。


「君を想いて」がとても素敵な小説だったので、この兄妹シリーズを最初から読んで見たくなり、本書を手に取りました。そしたらやっぱり本書もとても良い。「君を想いて」を読んでいるだけではよくわからなかったディテールがよくわかったと言うこともありますが、大恐慌時代のアメリカを舞台にしているという物語の雰囲気が、とてもよく伝わってくるのです。


基本的には、大恐慌という暗い時代を背景にしながらも、この物語はファンタジー小説のように思えます。元は金持ち暮らし、苦労なんかしたことのない兄妹が一転して極貧生活に。それでも明るく過ごす二人、特に兄の方は定職にもつかづ楽しく極貧生活を送っているところからして現実感は感じられませんが、突然大叔父が莫大な遺産を残す、というところにも、まったく現実感が感じれません。


しかし、ここが本作のうまいところですが、大叔父の死に不審な点がある、という一点において、物語ががぜん生々しくなってきます。その中で、さらに人間関係の毒々しさや、生活環境によるある種の階級的な意識、つまり人々の差別意識が、あぶり出されるように明らかになってきます。このハッピーな物語に水を差す舞台づくりが、むしろこの物語の奥の深さを作り出しているように思いました。


最終的には、やっぱりこの物語らしく予定調和の幸せに包まれた結末を見せるのですが、この安心感もたまりません。なにかアガサ・クリスティーを思わされる物語ですが、途中で兄妹が飼うことになる犬の名前がこれまた「アガサ」。やっぱりねえ。また、戸田早紀氏の翻訳も、甘きに流れすぎず、かといってリズム良く流れるような趣があり、見事の一言です。この方の翻訳も、もっと読んでみたいものです。