伊藤計劃:伊藤計劃記録

伊藤計劃記録

伊藤計劃記録

2009年に急逝した伊藤計劃氏の、単行本化されていない短編やエッセイ、対談、そしてウェブ上で公開していた映画評などを、早川書房編集部がまとめたもの。


本書に収められた短編たちが、そのほとんどがアンソロジーに収録されていたため既読でした。それらの再読や、対談などもとても楽しめましたが、本書を手に取ったもっとも大きな理由が、本書の後半部分を占める映画評にあります。あの、奇跡の作家伊藤計劃氏がどのように映画評を書いたのか、それだけが知りたかった。


「虐殺機関」には、そのタイトルから想起される暴力的な世界と、そこで展開される物語のあまりの切なさとはかなさにびっくりさせられ、「ハーモニー」では、そのタイトルから想起される穏和な世界と、そこで展開される物語のあまりの暴力性にびっくりさせられました。とにかく、どちらの作品もこれまで読んだことのない世界を、炸裂する暴力性とあふれるような叙情性で描き出すという、離れ業に果敢に取り組み、しかも成功してしまっているという、傑作としか言えないものでした。誰しもがそうですが、伊藤計劃氏が亡くなったとのニュースは、偉大な才能が突如としてこの世から消え去ることがあるという不条理さを、切実に感じさせられたのです。


そんな突出した才能がどのように映画を評するのか、極めて興味があったのですが、それはむしろ映画評の前書きで充分に満足させられることになりました。氏は、この映画評を次のように書き出します。

はじめに断っておくと、ここでやっているのは本質的におすぎと同じ、映画批評ではなくて映画の紹介だ。
これを読んでくれている人を映画館へ誘導すること。それがこのコンテンツの目的だ。ぼくのなけなしのボキャブラリーを総動員して、その映画についての情報を修飾しまくり、映画館に行ってもらう。ぼくの好きな映画を皆にも見てもらいたい、という欲望を達成するためのことばたちだ。

そう、これなのです!好きなものを好きと書き、その喜びをお節介にもみんなに伝えたい、そのことばたちこそ、ひとつの大きな力強さを持ち得ると思うのです。氏は、つづけて次のようにも書きます。

だから、こいつは映画批評じゃない。まさに印象批評的で、規範批評的で、それはすべて、僕が好きな映画を魅力的に見せるためにとった戦略だ。
面白い映画を面白かった、という。
このページでいろいろ書いていることは、結局そういうことだ。

そして紹介されるのが、「スターシップ・トゥルーパーズ」「プライベート・ライアン」「トゥルーマン・ショー」「アルマゲドン」「ガメラ3」「エネミー・オブ・アメリカ」「ブレイド」「アイズ ワイド ショット」「マトリックス」「金融腐食列島 呪縛」「ワイルド・ワイルド・ウエスト」「ファイトクラブ」・・・。


観た映画も観てない映画もあり、観てない映画の方がずっと多いのだけれど、そしてなぜ観なかったかと言えばハリウッドの大作映画に魅力を感じなかったからなのだけれど、まんまとすべてを観たくなってしまいました。さすが、伊藤計劃氏の魔術であり、やはりその源泉には自分が好きなことに対する率直なことばがあるように思います。やっぱり伊藤計劃氏のことばは、大好きだぜ!