オレイン・スタインハウアー:極限捜査

極限捜査 (文春文庫)

極限捜査 (文春文庫)

第二次世界大戦直後の、ソ連邦支配下にある架空の東欧の小国を舞台に繰り広げられる警察官の物語。娘を深く愛する主人公は妻との関係に絶望的な行き詰まりを感じつつ、両手足を束縛され四肢をめちゃくちゃに破壊され、なおかつ焼き殺された男の事件を担当することになる。事件を追ううちに、主人公は強制労働所から釈放されたばかりの奇矯な画家にたどり着くのだが、彼を介して様々な事件が結ばれることになる。


読み始めはどこかの国を舞台にした小説かと思ったのですが、いつまで読んでも国の名前が出てきません。どうやら、これは架空の国を舞台にした、ある種のファンタジーといえるものらしい。しかし、そのファンタジーの世界で繰り広げられるさまざまことどもは、これ以上なく理不尽で、グロテスクであり、恐怖に彩られています。このあたり、異様なまでの世界をつくりあげる著者の腕前に、僕はすっかり打ちのめされてしまいました。


まずもって、事件は複雑を極めます。もともとは虐待されたとおぼしき焼死体の謎を追っていたはずの主人公の周囲に、ある将来を嘱望されながらも近年になって駄作を量産するようになった画家の殺人や、元美術館の副館長でいまはアル中の中年男の他殺を疑われる「自殺」事件、そして党幹部の妻の失踪や不気味な雰囲気を醸し出すモスクワから来た捜査官など、まったくつながらないと思われる糸がつぎつぎに展開され、そして少しづつ、それらが交差してゆきます。


この見事な物語世界の構築だけでも充分に魅力的な本書は、しかしもっとも大きな特徴を、その陰鬱で不気味な世界観に持つものと感じました。僕には正直よくわからないのだけれども、おそらく共産党一党独裁下における相互監視的な社会と、そのなかでの非人間的な人間関係が繰り広げられる状況のなかで、人々は隣人を告発し、そして罪人とされた人々は裁判もなく強制労働所に送り込まれ、ささいなミスをしただけで銃殺される、そんな世界が淡々と、本書では描き出されます。


これだけでも充分重苦しいなかで、しかも主人公の周囲には愛憎が渦巻く人間関係が炸裂してゆきます。こんな描き方をすると、なんだかとっても陰鬱な物語に思えるかも知れない本書は、しかし以外とすがすがしく、力強い物語として展開します。それは、主人公がなぜか楽天的であり、しかも大きな困難をわりかし苦もなくなく乗り越えてしまう、そんな人物造形によるところが大きいように思えました。とにかく、本書は今まで手に取らなかったことが嬉しくなるくらい、重厚な読み応えを与えてくれました。打ち合わせの合間にみつけた時間で駆け込んだ本屋で、あまり考えずに手に取ったのですが、そういう選択もたまにはいいもんだなあ。