マイクル・クライトン:アンドロメダ病原体

アンドロメダ病原体 (ハヤカワ文庫 SF (208))

アンドロメダ病原体 (ハヤカワ文庫 SF (208))

1960年代後半のアメリカでは、宇宙に打ち上げた衛星を回収し、新たな生物を探すという実験が繰り返されていた。それらの衛星の一つがアリゾナ州の人口48人という小さな田舎町に落下、回収に向かったアメリカ軍兵士二人は、町中のひとびとが息絶えているという異常事態に遭遇した後、突然更新を途絶させてしまう。おそらく致死性を持つ病原体が持ち込まれたと判断した軍は、このために秘密裏に用意していた特別プロジェクトを始動、4人の科学者が秘密の研究所に急遽招集される。


マイクル・クライトンというと、いくつか最近の(といってももう10年くらい前になりますが)作品を読んだことはあったのだけれど、あまり印象にのこるものがありませんでした。本書は、丸善の復刊フェアの棚に並んでいたことと、どこかで大絶賛されていたのを思い出して購入、浅倉久志氏の格調高い訳文の影響もあるかも知れませんが、1969年に執筆されたとはとても思えないみずみずしい感覚を楽しむことができました。


小説全体の体裁は、宇宙からの病原菌があるまちに広まり、そこからサンプルを持ち帰った科学者たちが、秘密の地下研究所でその招待を解明する課程を、軍の機密書類や関係者からのインタビューによって再構築した、ルポルタージュ、また部分的には報告書形式をとります。この形式が、まず本書を貫くもっとも大きな魅力と感じられました。


それはあくまでルポルタージュのような、俯瞰的な視点によるわかりやすい語り口なのですが、ところどころに挟まれる報告書とおぼしき文書の堅苦しさや、いまや懐かしくもある2バイト表現によるコンピュータ分析結果のアウトプットは、本書に研究報告書的な趣を与えることに成功しています。このあたり、石黒達昌氏の一連の著作を思い起こさせるところがありますが、石黒氏の著作が徹底して簡潔にフィクションの世界を構築してゆくのに対し、本書は結構大変な努力でもって読者をフィクションの世界に誘い込むテンションの高さがあります。


一方で、上にも書きましたがコンピュータ分析のアウトプットの図表などは、これはこれで説得力を感じさせます。発表年代が1960年代後半ですから、いまとなっては陳腐化している表現だとは思うのですが、ただ現状でもたとえばハンフリーの視野検査などでは同じような表現が使われていたりして、当時では最先端の技術を採用したのだろうと言うこととともに、それなりの現実感を感じさせます。


物語自体は、病原菌汚染が発覚してから収束するまでの5日間、主に4人の研究者のやりとりをもとに構築されています。このあたり、極めて描写が淡々として、物語として深みがない、とする書評が解説に紹介されていました。しかし、これは僕にはなんの意味もなさないものです。結局僕にとって物語とは面白いか面白くないか、だけが問題であり、いくつかの軸で採点するようなものでは決してありません。例えば石黒達昌氏の著作の抜群の面白さを考えただけでも、「登場人物の内面描写」などという不可解な評価軸が、物語の強さに直接的な因果関係を持たないことからも、明らかなように思えます。本書は、今から見れば陳腐化してしまった技術や表現を用いながら、なおかつなんとなく極秘プロジェクトの成立に疑問を感じさせつつ、科学者たちの真摯で孤独な闘いを力強く描ききった、その点においてやはり傑作と呼ばれるべきものでしょう。だって、もう半世紀もたって読んで見ても、充分に説得力と緊迫感を感じさせるのですから。