森見登美彦:ペンギン・ハイウェイ

ペンギン・ハイウェイ

ペンギン・ハイウェイ

郊外のまちに住む早熟な小学校四年生のアオヤマ君は、親友のウチダ君といっしょに様々な研究プロジェクトに精を出す日々を送っていたのだが、突如大量に現れて消えたペンギンやクラスメイトのスズキ君の組織するスズキ君帝国、チェスの上手なハマモトさん、そして不思議なお姉さんなどによって、突如超多忙な小学校四年生となり、「海辺のカフェ」でお姉さんとチェスを指しながら、おっぱいについて深く思考を巡らせたりするはなし。


森見登美彦氏の新刊、待ち遠しい日々でした。あんまり日々が早く過ぎ去ってしまうのは困ったものだけれども、このような素敵な小説に巡り会う日が近づくのを待つのは、それはそれでもどかしいものです。しかもまた、本書はこれまでの森見氏の作品とは、なにかまったく違う手触りがあります。その不思議な感触の違いはなんなのか、確かめながらゆっくりゆっくり楽しむことができました。


本書は、とても早熟なのだけれども、とても素直で論理的な、かわいくないのだけれどもとてもかわいい、そんな少年が一人称で語る物語です。その世界は、小学校四年生ならではのみずみずしさや驚きにあふれているのだけれど、その一方で強烈なノスタルジーと静けさを感じさせる、そんな感じにとらわれました。


いままでの森見氏の作品と言えば、「太陽の塔」に始まる一連のダメ学生を描いた、おそらく自伝的傾向の幾分感じられる諧謔と、その影で高らかに謳われる近代文学への偏愛に満ちた小説群が、まず思い起こされます。一方で、「きつねのはなし」や「宵山万華鏡」のような、落ち着いた語り口の中に薄暗く輝く切れ味を感じさせる、幻想文学的な物語も印象的です。しかし、本書は、僕の思い出す限りそのどれにも、またこれまでのどの作品にも感じたことのない雰囲気を持ちます。


物語の主軸を成すのは、郊外のまちに突然現れたペンギンと、ウチダ君やハマモトさんとの数々の「研究」、そして謎めいたお姉さんとの出会いだと思われます。このような、小学四年生の視線から描き出された物語の場合、だいたい出会いと別れの物語であったり、成長の物語であったりするところが普通だと思うのですが、そうはならないのは、やはり森見氏ならではのひねくれ方なのでしょうか。ここでは、たんたんと、少年が驚いたことや感じたこと、そして学んだことが、記録されてゆくだけなのです。


でも、その内容がひとつひとつ、なにか心に響くのです。それは、アオヤマ君のまなざしが、あくまで率直であること、そしてそのまなざしから描き出された世界が、おそらくなんのへんてつも無い世界なのだけど、とてもみずみずしく描き出されていること、この二点に依るように思いました。そして、そのなんのへんてつも無い世界が、徐々にまったく普通ではない異世界に突入してゆく、このなめらかな世界の破綻を担保するのが、やはりアオヤマ君の見る世界の透明感の高さにあるように思います。


面白かったのか、と言われれば、とても面白かったとしか言いようが無い本書ではありますが、いつもの森見氏の作風を期待すると、ちょっと肩すかしにあったような、そんな気分になるかもしれません。でも、すがすがしくみずみずしくありながらも、おっぱいへの偏愛が強く打ち出されている本書は、僕にはとても愛すべき一冊なのです。