榊一郎:ザ・ジャグル 3 汝と共に平和のあらんことを

破滅的な大戦後、多くの人間が軌道上に逃げ出した未来の世界、軌道エレベータ直下に作られた「絶対平和都市」オフィールで人知れず暗躍する治安維持部隊の活躍を描く物語の第3弾。今回は、ショッピングモールで発生したテロ事件、国会議員を暗殺する事案、そして軌道上から送り込まれたテロリストの不気味な姿を描く計3篇が収録される。


3篇と書きましたが、本書では1番はじめのショッピングモールでのテロ事件「接触感染」がほぼ半分のボリュームを占め、次に国会議員暗殺のエピソード「狙撃」が間奏曲のように挟まれ、そしてなにか今後の大きな展開を予想させる最後のエピソードで締めくくられます。この最後のエピソードでは、事件は勃発せず、なにかプロローグ的な物語なのですが、それはともかく、このシリーズも三作目、ここにいたって作者の描き出す世界の輪郭がはっきりしてきたようにに思います。それは、まあ色々あるとは思うのですが、僕には「日常」と「戦場」の連続性にあるように思えます。


もともと過酷な戦争を生き延び、そして突然戦争が終結してしまったためどこか生きるよすがを失った主人公たちが、極秘の治安維持部隊に雇われ、「絶対平和都市」オフィールで生じる秘匿すべき事件を隠密に解決してゆくという舞台構成は、はじめは僕にとって「必殺仕事人」的側面を強く意識させ、またそこがとても魅力的な部分に感じられました。しかし、こういってはなんですが、本作はそんなにからっとした展開を見せないのです。


物語が進展するにつれ、オフィールにも難民問題や地下資源の問題などがあること、そしてそれらを巡る政治的駆け引きが、特に軌道上国家を中心として存在し、さまざまな策謀が巡らされていることが、本書では明らかになりつつあります。一方で、あくまで「絶対平和都市」であるオフィールの日常は、極めて安穏としたものとして描かれます。それを象徴するのが、おそらく軌道上からやってきた報道士キャロルと記録士シオリという、二人の報道に関わる若い女性たちなのです。


本作まででは、この二人の女性は「都市伝説」として語られる「手品師」、つまり秘密裏に治安を維持する実働部隊に偶然接触を持ち、その存在をどうにかして明らかにしようとするある意味「傍観者」的位置づけで描かれていましたが、本作ではその側面はあまり強調されてはいきません。むしろ、二人の日常の中にも「手品師」が介入せざるを得ない事態が展開してゆく、そんな状況が、徐々に描き出されてゆきます。


また「接触感染」がオフィールにおけるテロリズムを描き出したのに対し、その次の「狙撃」は、むしろ「手品師」たちこそがテロリストと思えなくもない行為に乗り出します。これは、治安を維持するためには、その理由がなんであれ価値観が転倒してしまう可能性があるということを、そしてそれを敷衍すると、ここでもやはり「日常」と「戦場」が実は連続的であること、または表裏の関係であり、容易にそれが転換しうること、そんな世界が表出しているように思えます。


後書きで「軽小説家」と自称する著者ですが、僕には極めて押井守的な、シニカルに現状を見つめ、そしてどうにかそこでの違和感を表現せざるをえない、小説家としての業の深さを感じさせられる作家に思えて仕方がありません。まあ、それは書き手にとっても読み手にとっても、問題では無いのですが。僕にとって、なにかどこかで「日常性」の「暴力性」を喚起させられる物語、そのようなものであるという一点において、本書は輝きを持つのです。