ダン・シモンズ:エンディミオン 上・下

エンディミオン〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

エンディミオン〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

エンディミオン〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

エンディミオン〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

人類が星々の世界に乗り出し、幾多の戦乱を経た上で、様々な人種や宗教が混交した超未来を舞台とした、一大SF叙情詩。前作「ハイペリオン」にて、AIたちの策謀を食い止めるために「ウェブ」と呼ばれる星間連絡移動装置をぶっこわした人間たちは、その後二世紀半ほどの時間を経る中で停滞を迎えるが、「聖十字架」と呼ばれる一種の寄生体によって不死の体を得た人間たちが組織する「教会」が、その「不死性」をもとに圧倒的な支配力を持つようになる。そんなとき、突然過去より少女が出現することが教皇によって幻視され、なおかつその少女は「教会」に破滅的な打撃を与える可能性が示唆される。そのためその少女を出現するやいなや拉致することを命ぜられたデ・ソヤ神父大佐は、しかしそのミッションに失敗し、また少女がある若者の助けによって放浪の旅に出たことを知る。その若者とは、エンディミオンとの名を持つものであり、伝説の詩人サイリーナスの無茶な要請によって、少女アイネイアーの冒険の旅を助けることを運命づけられていた。


前作で充分にとっちらかってしまった舞台に描かれる物語を、それでもまったく気にすることなく楽しめてしまうのは、ハイペリオンを最近読み終わったからなのだろうか。たぶん、違うと思うのです。本作は、本作だけでも充分に楽しめるのです。ただひとつ、本作を読むとこの後日談「エンディミオンの覚醒」がどうしても読みたくなる、という欠点、なのかはわかりませんが、とにかく気になる部分を、併せ持っていることも、また確かなのではありますが。


構成は単純で、逃げ回りながら冒険の旅をつづけるアイネイアーエンディミオン、そしてアンドロイドのベティックの物語、そしてその三人を、超高速で移動するために毎回死亡し、その旅に「聖十字架」の呪われた機能によって生き返りながら追い続けるデ・ソヤ神父の物語の、二つの物語が交互に語られることで展開します。この、「ハイペリオン」にはみられなかった割り切れ感のある構成は、物語に極めて力強い追い風を与え、めくりめく世界のありようの変化を読み拾うだけでも、充分にわくわくしてしまう。


しかし本作の僕にとってのもっとも大きな魅力は、やはりその世界の構築のされ方にあります。「アイネイアー」といえば、もちろんローマの建国の父とされるロムレスとレムスの祖先、アイネアスを思い起こさせます。おそらく物語もトロイア戦記におけるアイネアスの放浪の旅を下敷きにしていると思われますが、とにかく行く先々で大変な目にあい、しかしそのたびに誰かがそっと助けてくれて、延々と冒険をつづけることになる。ウェルギリウスの「アイネーアス」を、換骨奪胎といったかたちでSFの世界の落とし込むダン・シモンズの力業に、むむむと思い続けながら、やっぱり睡眠時間を削って読まされてしまいました。


ダン・シモンズという作家はよっぽど神話的世界が好きなのでしょうが、本作の特徴としては、「ハイペリオン」に見られたようなユダヤ的教義の側面があまり強調されず、あくまでギリシャ的冒険譚として、物語が構成されているところにあるように思います。これが結果として、ハイペリオンよりも肩の力が抜けたというか、気軽な雰囲気の物語を構成しているような気がして、読んでいるほうとしては気持ちが楽なのですが、それでも「ヘブロン」や「マシャッド」など、ムスリムユダヤ教を信奉する惑星が「教会」によって大迫害を受けていたりするところが油断なりません。


一方で、なんとも20世紀的なというか、極めて古典的なSF的ガジェットや冒険小説的要素が、恥ずかしげもなくこれぞとちりばめられていることも、また本書の大きな魅力といえます。あまりにも加速が強いため、操縦士は一度死亡し、そして「寄生体」のはたらきによって生き返るというむちゃくちゃな宇宙船、氷の中で生きる天敵の体の要素を防御服として用いる人類の末裔、陸地のない惑星で延々と続けられる筏による航海、追うものであるはずのデ・ソヤ神父の政治的葛藤など、もうこれでもか、というところまで、詰め込まれているように思えます。


しかししかし、一番驚いたというか、面白かったのは、少女アイネイアーが目指すものがある種の「建築」であり、そしてそれを設計した建築家の教えを請うこと、またその「建築」と建築家が、建築を勉強するものならば誰でもが知っている、あの人であることでした。続く「エンディミの覚醒」では、これも知らない人はいないと思われる場所でアイネイアーが成長するとのこと、それだけでも早く読みたくてたまりません。こういう、生活時間を削ることを強制するような本書は、ある意味でもっとも迷惑な存在と言えますが、でもやっぱり楽しくてたまらない。