趙紫陽:趙紫陽 極秘回想録
- 作者: 趙紫陽,バオ・プー,ルネー・チアン,アディ・イグナシアス,河野純治
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2010/01/19
- メディア: 単行本
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先日母校の建築史を教える先生に教えていただいた一冊、書店で数頁読んで衝撃が走り、喜び勇んで買い求めたものの、その日の飲み会で調子に乗って後輩にあげてしまいました。そのプロセスをもう一度繰り返してしまい、ようやく三度目にして読み通すことができました。圧巻の一言につきる一冊です。
本書は、趙紫陽の口述を、編者たちが再構成し、天安門事件直後の共産党指導部の内実からエピソードを展開し、その後時代をさかのぼって趙紫陽が共産党の重要ポストに抜擢され、数々の長老たちの横やりを受け流しつつ、訒小平と共に改革路線を歩み続けた足跡を、赤裸々に描き出したものです。そこには、訒小平の異常なまでの影響力や、文化大革命前後の混乱が現在まで政治的決定に及ぼす影響、加えて「長老」とされる人々の、共産党指導部に対するあの手この手の干渉が、包み隠さず描き出されています。
中国と言えば、北京・西安・南京・上海・太原を訪れたことがありますが、印象として、北京だけはなにか重苦しく、息苦しく感じたことを思い出します。また、それぞれの地方都市(といっても大都市ばかりですが)を見るに、中国というのはけっして単一民族国家ではなく、様々な民族がすまい、様々な軋轢の中で、近代国家としての「中国」を極めて実験的に、という言い方が不適切であれば、極めて繊細かつ慎重に運営されて居るなあと感じさせられました。
本書を読んでいてまず思ったのが、普段は「ブラックボックス」として感じさせられる中国の政治的な世界が、実は極めて大胆かつ弾力的であり、ある種の「民主制」を重んじる体制なのではないか、ということです。それは、地方官僚であった著者が四川省での大飢饉を見事に立て直したことから抜擢され、中央政治の経験がほとんどないにも関わらず、最終的には総書記にまで上り詰める、そのプロセスに如実に表れているように思います。
一方で、まったく成文化されない政治プロセスの存在、それは訒小平やその一家の政治に対する干渉であり、長老たちの支配であり、若手であっても日和見主義的に立場をころころと変えていく人々、そのような姿も、本書は痛烈に暴き出してゆきます。読みながら思ったのは、確かに本書はとても刺激的で面白いのだけれど、原則的には自宅蟄居を命じられた元国家元首のルサンチマンの記述であり、なおかつ編者によって意図的なメッセージを発するように編集された、資料的妥当性の根拠としては極めて危ういものがある、ということです。
しかしながら、全体としての感想として、本書の記述は極めて妥当性が高いように思われます。それは、趙紫陽が他者を評することばに、あまりに質的な表現でためらわれますが、透明度の高さというか、公平であろうとする精一杯の努力が感じられるからなのです。本来的には、様々な他の一次資料と共に分析されるべき書物だと思われますが、現状の中国の政治のあり方を考えるのに、これほど適した記述は無いように思われました。今年の読書の中では、いまのところもっとも収穫があったと感じさせられた一冊でした。