ダン・シモンズ:ハイペリオン 上・下

ハイペリオン〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

ハイペリオン〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

ハイペリオン〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

ハイペリオン〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

人類がAIの助けをかりて「ウェブ」なる惑星連合体を形成したはるか未来、辺境の惑星「ハイペリオン」にて、時間が戻り出したり手が四本ある刃物だらけの危険な怪物「シュライク」が暴れ出したりと、なんだか大変な事態が発生する。その混乱の本拠地「時間の墓標」に、7人の選ばれた「巡礼者」たちが向かうことになるのだが、それぞれにはなんとも奇妙な「ハイペリオン」との因縁が存在した。


上下巻からなる本書は、基本的には「巡礼者」ひとりひとりの物語、6人分で構成されます。それぞれの物語のあいまには、「巡礼者」たちが「時間の墓標」にたどり着くまでの道のりが差し挟まれ、物語をつなぎとめる働きをしていますが、本書ではこれはあくまでも通奏低音的な伴奏に過ぎません。一見脈絡のない、それぞれがまったく異なる舞台と登場人物を持つ6つの物語それぞれの面白さ、そしてそれらが不思議と交互に絡み合う絶妙さに、本書の真骨頂があるように思いました。


そういえば以前単行本を読んだとき、あまりに重くて持ち運ぶことかなわず、後半を読まないままにしていました。今回は文庫本なので主さの心配が無く、安心して二冊購入、読み始めたのですがまったく以前の記憶がありません。いったいどんな読書をしていたのか、我ながら不思議ではありましたが、でもとても楽しめたので良いといたします。


物語は、上述の通りこれでもかというバリエーションが展開されます。4世紀の長きにわたり人々をあざ笑い続けた詩人の話や、父を殺されたと信じる女性探偵の冒険譚、娘が若返り続けるという奇病に冒された学者の悲劇、戦闘シュミレーションのなかで出会った女性に魅了され続ける兵士など、幻想小説的なものから探偵小説、はたまたオーソドックスなSF的な物語まで、とても一つの小説を読んでいるとは思えない。


しかも、本書は「巡礼者」がそれぞれの物語を物語る物語である以上、その物語たちの舞台ともいえる大きな物語、すなわちハイペリオンとシュライク、そして時間の墓標にまつわる物語は、それ自体が語られることなく展開し、また本書の中ですべてのものごとが明らかになるわけではありません。読み進めながら、本当にこの物語は構築されているのか、もしかしたらもの凄く適当に書き飛ばしているだけなのではと少し不安になり、また本当にこの大きな物語は決着するのかとの気持ちは抑えられませんが、それでも本書は極めて質の高い物語だと思わされました。


それはやはり、物語の「核」とでもいえる何かが感じられるからだと思われます。「イリアム」はトロイア戦記を下敷きにした物語であり、少しは知識があったのですが、本書はイギリスのロマンは詩人ジョン・キーツの物語詩「ハイペリオン」と「ハイペリオンの没落」を下書きにしたとのこと。どちらも内容すら知らないので、作者の冒険の輪郭がはたしてどの程度理解できるのか、始めのうちはなんとなく不安な気分が感じられました。しかし、読み進めてゆくとそんなことはまったく気にならなくなります。とにかく、おそらくキーツ本歌取りすることで、作者の持つ陰影の深い描写と筆の運びに力が込められ、緊張感あふれる力強い物語の世界が発生しているように思えます。


しかし、特に娘が若返る学者のエピソードに顕著ですが、これでもかというくらいにユダヤ教の解釈に関する記述が多いことは、気にもなりましたし面白い部分でもありました。現代の、それもアメリカで最も権威あるSFの作品賞に輝く作品にまでおいて、ユダヤ的なるものが思弁論的に考察されるということは、なんだか想像を超える事態と思えます。また今回読んではじめて気がつきましたが、「時間の墓標」や「ヴァーミリオン・サンズ」などは、バラードのオマージュなんですねえ。このあたりも、とても楽しめるものがありました。さて、「ハイペリオンの没落」はいかに。