S. J. ローザン:夜の試写会

夜の試写会 (リディア&ビル短編集) (創元推理文庫)

夜の試写会 (リディア&ビル短編集) (創元推理文庫)

小柄な中国系アメリカ人女性のリディア・チンと、カトリックの洗礼を受けパブティスマの教育を受けた大柄な白人ビル・スミスの二人が、ニューヨークを舞台に繰り広げる探偵物語の短編集。


「チャイナタウン」や「ピアノソナタ」など、切れ味は良く爽快なのだけれども、どこか冷め切ったような、だからこその物語の奥行きを感じさせてくれるローザンの小説は、思いおこせば大学生のころから読みあさっていたわけですから、もう10年以上も前に出会ったわけになります。そのせいか、物語の語り口にはどこか丸みが感じられるというか、初期の頃ほどの生々しさはずいぶんと柔らかくなったように思えもしますが、それでも読者を突き放すような作劇法には、相変わらずぐっと捕まれてしまうと言うか、のめり込まされてしまうものがあります。


本書はローザンの訳書としては初めての短編集ですが、これがまたとても良くできています。基本的にはリディアとビルが交互に主人公を演じる物語は、内容としてはとても凄惨だったり陰惨な場面が現れるのですが、そこを余り笑えない冗談と諧謔味あふれた筆遣いでさらっと読み込ませてしまう力量は、これはなかなかのものではないかなあ。小柄なアジア系のリディアは、いたるところで上からの差別的な視線にさらされ、かといってものすごい体術の使い手や特異な射撃の才に恵まれているわけでもありません。おかげでいろいろと悔しい思いをするのですが、それがすなおに悔しく描かれているのが、なんだかとてもすがすがしいのです。


他方、ビルの物語はと言うと、これはどちらかというとスラップスティック風というか、コメディー風の味付けのものが多いように感じたのだけれど、自殺したとされた友人の死にまつわる背後関係をビルに依頼した高校生の少年の話など、突然どうにもやりきれないくらい切ない物語を展開してしまったりするところが、また侮れないというか、油断できないというか。どの物語も、もう少し枚数を増やせば長編にもできたのではないかと思うくらいの密度感にあふれ、とても楽しめました。相変わらずの朝倉めぐみ氏のカバーイラストも素敵です。