小川正人:教育改革のゆくえ ー国から地方へ

教育改革のゆくえ ――国から地方へ (ちくま新書 828)

教育改革のゆくえ ――国から地方へ (ちくま新書 828)

現在民主党政権下で行われようとしている教育制度改革について、自民党政権下で2000年から行われた教育制度改革と、自治体における教育制度を読み直すことにより、その評価と筆者が考えるあるべき教育制度の提言を行ったもの。


「教育改革」と題されていますが、基本的に本書で扱われる事柄は「教育行財政制度」について、つまり教育行政の内部的仕組みと、教育行政においてどのようにお金が動いているのか、ということが中心となります。勢い、本書には「義務教育費国庫負担制度」や「就学援助受給児童生徒数」など、瞬間的には意味が理解しにくい漢字の連なりが散在してますが、内容的にはとてもわかりやすく面白かった。やはり、教育制度を「行財政制度」から読み解く、という著者の視点は、極めて妥当なものだと感じられます。


とはいえ、本書のおもしろみは文部科学省のキャリア職員とノンキャリア職員の昇進の違いなど、きちんとわかりやすい部分を入り口に議論を展開しているところにあります。そのようにして文部科学省の成り立ちを説明した後、中央省庁再編による財務・文科・総務省のなかでの力学が崩れ、文科省が相対的に力を弱めていったこと、結果として国が負担する義務教育にかかる費用が削減されたことを鮮やかに説明します。


このような政治力学と官庁の力学を説明した上で、筆者は現場レベルでのお金の使われ方を説明します。国・都道府県・市町村が教育にかかる費用をどのように分担しているのかという基本的な知識を提供した上で、上記の政治的なバランスの変化がどのような影響を現場に与えたのか、例えば常勤職員を減らして非常勤職員を増やす事例などを例に挙げながらわかりやすく解説されます。このあたりまで読み進むと、具体的な事例はさほど多いとは言えないにもかかわらず、わかりやすく現場の苦悩を伝える筆者の構成力に、なんだかこころを持って行かれたような気がしてしまいました。


このような行財政制度を概観した上で、議論は教育委員会という組織へと移ります。正直、いろいろ行政のお仕事をさせていただくなかで「教育委員会」ということばやそこに属する人々と接することは何度か経験があったのですが、このような組織だとはまったく知りませんでした。原則的には基礎自治体の首長からは独立した立場として教育長が、その教育長を指揮監督する組織として5から6名の委員会からなる狭義の教育委員会があり、教育長を補佐し事務を行う事務局を含めた組織を広義の教育委員会と言うらしい。そうなのかあ。なんとなく、首長が選んだ教育長が指揮管轄する行政組織の一部門だと思っていたのだけれど、厳密な定義からするとちょっとちがうのか。面白い。


そんな話をしながら最後にはこれからの教育制度のあるべき姿が議論されるのですが、ここでの提案に極めて大きな説得力を感じるのは、やはり著者が制度と財務、そして基礎自治体における組織論という、極めて本質的な事柄について、しっかりと議論を展開しているからでしょう。まあ、こう言われるとそうだよね、と思うしかない力強さが感じられます。筆者の議論の特徴として、このような本書の構成からも明らかなように、極めて現実的で、手堅い思考を積み重ねるという側面があるように思えます。そして意外と提案自体は大胆な気もする。せっかく政権も変わったので、失敗しても良いからこのような提案を実行してみてはもらえないかな。このくらいしっかりした議論の後支えがあれば、もし駄目でもどこがまずかったのか、検証可能ですからね。


しかし、筆者はずっと自民党政権下での教育制度改革に携わってきたらしい。民主党が政権をとってから堰を切ったようにこれまでの政策を批判的に考察し、明るい未来をうたいあげる類書が多い中で、本書には政策決定の現場レベルでの葛藤と、その反省を活かした前向きな方向性が感じられ、とても共感させられました。こんな感じで、大学制度についても是非議論してもらいたいものです。