今野敏:38口径の告発

38口径の告発 (朝日文庫)

38口径の告発 (朝日文庫)

歌舞伎町で高齢者や外国人を相手に診療所をいとなむ主人公の犬養のもとに、ある夜突然重症の中国人が運び込まれる。明らかに銃で撃たれたその男は、自分が刑事に撃たれたと言い残し、治療を終えると消え去ってしまう。直後、知り合いのヤクザがあらわれ、摘出した銃弾を警察にでなく自分に渡せとせまる。男を撃った刑事は悪徳刑事で、昔の親分をその刑事に殺された仕返しがしたいらしい。思い悩む犬養はその場は銃弾を渡さず次の日を迎えるが、こんどはその悪徳刑事と思われる男があらわれる。ここにいたって警察に対する非協力を決め込む犬養は、いっぽうで悪徳刑事に不信を覚えるまともな刑事に疑いの目で見られることになる。


僕は「警察小説」というジャンルが大好きで、おそらく代表的には佐々木譲氏の北海道警シリーズ、国外で言えばマット・スカダーシリーズやフロストシリーズも読みあさったものですが、今野敏氏のシリーズも大好きで、安積警部補シリーズはずいぶんと楽しんだおぼえがあります。今野氏の良さは、主人公の屈折具合と物語の最終的な予定調和的幸福感にあると思うのですが、本作にもその雰囲気はぞんぶんに感じられます。


本作は、なにか際だった特徴を持つ登場人物がいくにんも登場します。主人公の熱血青年医師や悪徳刑事をはじめ、流しのヤクザや清く正しい刑事、そして異常におとなびた主人公の息子やよくできすぎた診療所の看護士など、これでもかというくらいに個性的に思えます。そのため本作は物語に差し挟まれるエピソードが豊富で、頁をめくる手がどんどんと加速してゆくような思いにとらわれるくらい、爽快かつ軽快に展開してゆきます。終盤戦になると、なにかもったいなくてさみしくなるくらい、物語の通りが良い。これは単に軽いということでは決して無くて、著者の本作に込めたアイディアの凝縮がそのように感じさせるのだと思いました。


また安積警部補シリーズや隠蔽捜査シリーズに比べると、本作ではそんなに主人公が精神的に追い詰められたり、または主人公の周囲に不穏な出来事が多発するわけではなく、そのためどことなく主人公の鬱積が少ないように思われます。そこにいつもの今野氏の作品とはひと味違った雰囲気を感じることができ、これまで読んできた今野氏の作品とは違った楽しさを感じさせられました。しかし警察小説って、僕の中では「公務員小説」または「サラリーマン小説」なのです。特に典型的に公務員の仕事を見ていて感じる、時には非合理な側面も併せ持つ原則に縛られながらも、自分の正しいと思うことを行うという形式が、おそらく自分が中小企業のサラリーマンだったころの上司のことばなどに重ね合わされて、なにか共感してしまうのだろうなあ。