梓崎優:叫びと祈り

叫びと祈り (ミステリ・フロンティア)

叫びと祈り (ミステリ・フロンティア)

国際情勢を扱う雑誌社に勤務する主人公の青年斉木が、取材で訪れた遠く異国の地で遭遇する事件を描いた連作短編集。砂漠の真ん中での殺人事件、(これは取材ではないが)スペインの風車小屋で起きた人間消失の謎、ロシア正教修道院での聖人にまつわる事件、アマゾン奥地で発生した悲劇、そして斉木自身が自らの謎に取り組む、計5篇収録。


タイトルの雰囲気になにか鳥飼否宇氏的なものを感じ、なかば怖いもの見たさに、そしてなかば期待に胸躍らせて手に取ったのですが、少し読んだだけで鳥飼氏のような「変態」作家ではないことがわかり、安堵したとともにちょっぴり残念な気がしました。しかし読み進めてゆくうちにその印象はがらりと変わり、鳥飼氏とは方向性が異なるものの、相当マニアックな書き手であるとの認識に至りました。そして、とても面白い。


冒頭に配された、砂漠の中での事件を描いた物語は、とても豊かなで静かな表現と、物語の根幹をなすアイディアの壊れ方の対比が面白く、ああ、こういう路線の人なのかなあと感じながら読んだ二篇目も、ある意味その方向で理解することができます。しかし、三篇目あたりからなんだかおかしい。物語の静けさと鋭さはだんだんと勢いを増し、加えて全体的になにか茫洋とした、幻想的な雰囲気が漂いはじめます。不思議な作風だなあと思って読んだ四篇目は、これはむしろ鳥飼否宇氏的ともいうべき異常事態を描いた作品で、もうなんだかよくわからない。そして最後の作品に至っては、主人公自体が脱構築されているというか、物語が外側から内部に向かって崩壊する様を描いたような、自分で書いていても何を書いているのかよくわからないくらい、突き抜けた構成を持ちます。


これらのことは、一方で多分に技術的なことなのかもしれません。でも、僕がこの作品たちに感じたのは、むしろ筆者の物語、もしくは文章に対する深い愛情のように思えます。そう考えて思い返せば、一篇目からしてことばの選び方や配置のされ方は、極めて注意深く、しかしながら嫌みを感じさせない流れの良さがあり、ずいぶんと時間をかけて練り上げられたのではないかと思われます。しかも、すべての物語を読んでみて感じるのは、作者が実にさまざまな試みを行っているという事実です。おそらく、一篇ごとに次はあれをしよう、次はこれをしてみてはどうかと、意図的に味付けを変えてみたのではないかなあ。


それらのさまざまな味付けは、しかし最終話において見事に回収され、一つの大きな物語を作り上げているように思えます。そしてまた凄いのは、この最終話が物語として語りきらない何かを残しているところなのです。こういう方法ってとても冒険的だと思うのだけれど、筆者はその冒険に嬉々として没入し、しかも力みを感じさせないのだけれど力強く物語を作り上げます。これにはほんとうに楽しい思いをさせられました。つまるところ、筆者は文章が大好きで、しかもとても楽しく物語を書き上げている、そんな雰囲気が伝わってくる、とても素敵な一冊でした。