ジル・チャーチル:君を想いて

君を想いて (創元推理文庫)

君を想いて (創元推理文庫)

アメリ大恐慌時代に生きる兄妹の遭遇する出来事を描いたシリーズ第5弾。今回は、1週間のお手伝いとして近所の養護ホームで働くことになった兄のロバートと妹のリリーが、もう数日の命と想われた男性が殺されるという事件に遭遇する。そんなことより養護ホームの建物に手動式エレベータを設置することに夢中なロバートを尻目に、リリーはこの不可思議な状況を人の良い警察署長といっしょに考えてゆく。


このシリーズの存在自体は知っていましたが、手に取ったのは本作が初めて。砂原弘治氏のキュートなカバーイラストと、殺人事件にまったく眼中無く改修計画にいそしむロバートというあらすじに惹かれたのですが、全体的にもとても魅力的な物語で楽しめました。


本署の面白さの一つは、舞台がアメリ大恐慌時代の1930年代に設定されていることでしょう。おそらくこれまでのシリーズでいろいろ語られてきたのだと思うけれども、主人公たちは基本的に失業者で、日々の暮らしはどうやら思いもかけず相続した財産でなんとかしのいでいるみたいだけれど、パートタイムの仕事を転々としながら、それでも明るくしなやかに生きています。このあたりの全体的な雰囲気が、本署のもっとも大きな魅力に思えました。


またその時代性は意外と物語に影響を与えていて、例えば本書ではルーズベルトが大統領に就任する、その就任式典にロバートが向かう場面から始まり、その後も物語のあちこちに、例えばルーズベルト大統領の炉辺談話や禁酒法廃止などが挟まれ、暗い世相がだんだんと明るくなってくると言う、現在のぼくたちからすればなんともうらやましい光景が描き出されます。


問題の殺人事件はと言うと、これはなんともご都合主義的というか、読み終わってもあまり論理的な整合性というかしっくり感を感じないのだけれども、別にそれが物語の質を落としているわけではまるでなく、むしろいきあたりばったりにおもえる展開は、本書の構成を力強く下支えしているようにも思われました。また、登場人物がやたら魅力的なところも非現実的ではあるのだけれど、そこも本書の大きな魅力の一つでもあります。しかし、なぜこの殺人がこのタイミングで行われたのか、やっぱりよくわからない。。。