ロバート・B・パーカー:初秋

初秋 (ハヤカワ・ミステリ文庫―スペンサー・シリーズ)

初秋 (ハヤカワ・ミステリ文庫―スペンサー・シリーズ)

私立探偵のスペンサーのもとに、ある日離婚した元夫に子供が連れ去られたので取り返して欲しいとの依頼が。元夫の家でその男の子を発見したスペンサーは、どうも様子がおかしいことに気がつく。元夫はそれほど彼を大事にしているわけでもなく、どうやら厄介者あつかいしている感じ。依頼人に彼を送り届けたは良いものの、どうもそこでも彼は愛されていない様子。そんな微妙な状況の子供を、スペンサーが一夏あずかってマッチョに鍛え上げるお話。


なんとも無理がある設定、予定調和過ぎる展開、素直すぎる子供、ハッピーすぎる結末など、論理的に考えれば破綻一歩手前とも思える物語を、それでもわくわくしながら読ませ、読み終わった後にある種の幸福感の包まれるものに仕立て上げるこの手腕、やはりこの作家は偉大な方でありました。


僕は著者の作品を読んだのがこれで2冊目ですが、初めて読んだ「ゴッドウルフの行方」がかなり真面目なというか、物語の世界に対し著者が真正面から向き合っているような雰囲気を感じさせられたのに対し、本作はなにか自己パロディーというか、あえてシュールな世界を作り出しているように思われます。だって、ほとんど話さず野球中継を聴いて筋トレに励むマッチョな中年男性が、かいがいしく子供にご飯を食べさせ、言い音楽を聴かせ、家造りを教え、洋服のコーディネートまでしてあげるのですから。まあ、良い話です。


もしくは、「ゴッドウルフ」にも感じられたのですが、極めて諧謔味あふれる筆致は、もしかしたらむしろこのような作品にこそ、その切れ味を発揮させるのかも知れません。陰惨に薬の密売人が殺される場面よりは、主人公が彼女に愛想を尽かされて途方にくれる、というような場面の方が。しかし2作品しか読んでいませんが、僕にはスペンサーさんがよくわからなくなってきてしまいました。マッチョで殺し屋の友達もいる一方で、なんの関係もない他人の子供に世話を焼き、週末には無理してバレエなんて見に行ったりして、しかも暇なときは読書に野球中継。いい人だなあ。