マイケル・バー=ゾウハー:ベルリン・コンスピラシー

ベルリン・コンスピラシー (ハヤカワ文庫NV)

ベルリン・コンスピラシー (ハヤカワ文庫NV)

ロンドンのホテルに投宿したはずの男は、就寝中に突然ドイツ語でたたき起こされる。慌てて状況を確認した彼は、自分がなぜかドイツのホテルにいること、そしてドイツ警察が扉の向こうで彼を捕まえようとしていることに気づき愕然とする。そのままドイツ警察に逮捕された彼は、自分が終戦直後にナチの関係者を射殺したという、重大犯罪で訴えられていることを知らされる。アメリカに住む彼の息子は、必ずしも父に対して良い思いを抱いていないものの、この顛末に極めて不自然なものを感じ、ドイツ駐在のアメリカ総領事にそそのかれるようにこの事件の背景について調査を開始する。


「巨匠」の待望の新作と銘打ってありましたが、恥ずかしながら僕は著者の作品を読むのが初めてでした。しかし、とても御年72才になろうとするひとが書いたとは思えない躍動感あふれる、そして予定調和的な世界を感じさせない複雑な価値観の構成に、すっかりのめり込んでしまいました。


本書を貫く大きな問題に、主人公の父親がいったい何を本当におこなったのか、という謎があります。元SS将校を射殺したというのはそもそも本当か、そしてそのSS将校とはどのような人たちだったのか、また主人公の父親のしたことは果たして正当化されうるのか、このような事柄が主人公を苦しめてゆくのですが、これだけで終わらないところが本書の魅力でもあり、読み手に単純な理解を許さない難しさでもあります。


そもそもこの事件を担当することになったベルリン州の上級検察官の女性は、なにか本件に対し個人的な思い入れがあるのでは、と主人公は感じます。そのあたりを調べるうちに、驚くべき事実が明らかになり、主人公はその偶然性に強い違和感を持ちます。またアメリカ総領事の援助のもの調査が進展するうちに、どうやら本件は何かの大きな流れの中での一つの駒として使われているのでは、そんな漠然とした思いに主人公はとらわれます。


同じような事実を担当の検察官の女性も気づくことになり、二人は結果として協働で調査にあたることになるのですが、そこで見えてくるのは単純な理解に収束しない、まさに戦前の出来事を今日においてどのような理解をするのか、またそれが政治的にどのような意味を持つのか、という、極めて今日的でもあり、現実的な問題なのです。ここにいたって、僕は著者の物語を形づくる力強さに、すっかりこころを奪われてしまいました。著者略歴をみると、ブルガリアで生まれたもののナチの迫害を受けイスラエルに移住、ヘブライ大学を卒業後パリ大学で学位を取得、新聞社の特派員やイスラエル国防省の報道官を経て中東戦争に従軍、その後ハイファ大学で教鞭をとり国会議員にもなったとのこと。本書の結末が示す、国家が個人に押しつける強力な理不尽さを、身をもって体験しているとしか思えません。とにかく、またもや著作を読むべき作家に出会えたことは、大きな収穫でありました。