大森望 編:NOVA 1 書き下ろし日本SFコレクション 1

あの数々の名作SFの翻訳を手がけてきた大森望氏が、ほとんど個人的にこれはという作家に声をかけて編んだSF短編集。第1号となる今回は、伊藤計劃氏や北野勇作氏、小林泰三氏、田中哲弥氏、田中啓文氏など、勇名を欲しいままにする作家たちに加え、斎藤直子氏のような、日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞しながらもいままでまったく作品を発表してこなかった作家など、極めて多彩にして豪華。


アメリカの書店でSFアンソロジーがいくつも並べて置いてあるのを見たことはあるのですが、確かに日本では、大森氏が緒言に言うとおり「単行本化を前提にした連作形式の短編が目立ち、SFに限らず、独立した短編が発表される機会は著しく減少している」のだろうと想像されます。そして「だれもつくらないなら自分でつくってしまえ」と大森氏が思って企画・編集したのが本作。志からしてやけっぱちで美しいのですが、内容も劣らず力強い力作ばかりに思えました。


まず最初の北野勇作氏の「社員たち」がぐっときます。ある朝出社したら会社が消失、目の前に広がる更地にどうやら埋まっているらしい。そこにいるはずの社長がいなければ保険がおりないので毎日発掘作業をすすめる社員の一人とその妻の会話からなる本編は、どこか安部公房的なシュールさを感じさせつつも北野氏ならではの諧謔にあふれ、一発目としてはこれ以上もないインパクトのある作品だと思います。


その次の小林泰三氏は、ぼくは描写が強すぎてちょっと苦手なのですが、本書に収められた「忘却の侵略」は、その思弁論的な世界と高校生的なる日常のギャップが妙におかしく、とても楽しめました。続く藤田雅矢氏の作品は、残念ながらいままで読んだことが無かったのだけれど、収録の「エンゼルフレンチ」がとても良い。淡々として穏やかならも最後にあふれくるカタルシスに、この作家の作品は全部読まなければと思わされるものがありました。こういう発見があること自体が、本書みたいなアンソロジーの良さですよね。


どんどん続いてその次の山本弘氏の月面における初の殺人(かもしれない)事件を描いた「七歩跳んだ男」も素晴らしかったけど、お隣が田中啓文氏だったのは、編集の妙というか、大森氏の悪意というか。とにかく田中氏の「ガラスの地球を救え!」は、本書の中である意味もっともSF的な物語でしたが、同時にもっとも馬鹿馬鹿しい作品で、馬鹿馬鹿しさに関しては本作にすべての作品がひれ伏してしまうような、そんな異様なオーラを感じさせられます。でも斎藤直子氏の「ゴルゴンダ」も、馬鹿馬鹿しさといえば負けないうえにしみじみとした良さを感じてしまって、なんだか少し悔しいような思いまでしてしまいました。


ほかにもいちいち素敵な作品ばかりだったのですが、やはり本書のもっとも大きな魅力は、本書が作家が作品を発表する場として位置づけられていることにあります。だいたいアンソロジーって、そのうちのいくつかはすでにどこかで読んだことがあったりしてなんとなく残念な気になることが多いのだけれど、本書は大森氏自らが作家に依頼し(一部自薦・他薦もあったそうですが)、書き下ろしたものなのです。これは、大森氏も書いていたように思うけれどもある種の同人誌とも言えます。この、同人誌ならではにしてこれだけの作家が集まり、しかも河出文庫で出版されてしまうところは、ひとえに大森氏の人徳のなせるわざだと思われます。


実際、一番僕が楽しんだのは、各作品の冒頭に配された大森氏の作家紹介文でした。例えば、田中哲也氏の紹介文の冒頭はこんな感じ。


「作中でも触れられているとおり、題名の出典は、地球環境問題をテーマにした手塚治虫のエッセイ集「ガラスの地球を救え 二十一世紀の君たちへ」。そのタイトルを借りてかんな小説を書いてしまう結城とアホさかげんこそ田中啓文の真骨頂。冒頭の数行で脱力し体も脳も弛緩しきった状態で読んでいると、意外に感動できるかもしれない。実写映画化にも期待したい。」


あと、しょっぱなの北野勇作氏の紹介も、思わず爆笑してしまいそうになる勢いです。それが以下の文章。ああ、「どうぶつ図鑑」読んでみたい。


「「NOVA」第1巻の幕開けは、北野勇作の掌編「社員たち」。「生き物カレンダー」連作や「カメリ」シリーズの読者なら、北野ショートショートの独特の味わいは先刻ご承知だろう。それらを収録した短編選集「北野勇作どうぶつ図鑑」全六巻は、各巻本文106ページに動物おりがみの折り込み付録がつくという画期的な企画だったが、画期的に売れなかったらしく、とうに品切れになっている。」


こんな豪華執筆陣をいきなり呼んでしまったら今後どうするんだと思いながら後書きを読んでいたら、驚愕しました。今後の執筆(依頼)予定者は、今回唯一原稿を落とした新城カズマ氏をはじめ、山田正紀氏、神林長平氏、恩田陸氏、津原泰水氏、岸本佐知子氏(!)などなど、これでもかと言わんばかりの豪華執筆陣です。半年後に刊行予定とされる「NOVA2」が、がぜん楽しみです。