アルトゥール・ペレス・レベルテ:ナインスゲート 呪いのデュマ俱楽部

ナインスゲート (集英社文庫)

ナインスゲート (集英社文庫)

稀覯本マニアのために本探しをすることを生業とする主人公の中年男性ルーカス・コルソは、ある日九つの版画を収録した稀覯本を得意客から渡され、世界にあと2冊あると言われる同じ版本をすべて集めるように依頼される。その本は「九つの扉」と題され、悪魔趣味に横溢したその内容のため、作者である版画家は魔女狩り裁判に巻き込まれ火あぶりの刑となったという、いわくつきのものであった。同時に、知り合いからデュマの「三銃士」の手書き原稿を見せられた彼は、自分の本探し旅がなにか三銃士の世界のような、中世の冒険小説的に変じつつあるのを感じはじめる。


おそらく本書がレベルテのもっとも有名な著作だと思うのですが、日本語で出版されている三作品の中で一番最後に読みました。まず強く感じたのが、本書からレベルテを読み始めていたらずいぶんと読み方がかわっただろうな、ということです。


読み始めの印象は、ずいぶんとサービス精神が旺盛だなあという感じ。物語の視点の切り替えの巧みさやたたみかけるようなストーリーの展開、そしていたるところにちりばめられた本と小説に関する蘊蓄は、これまで読んできた二作品とはどこかちがった饒舌さが感じられます。加えて唐突なる「ロマンティックな」描写には、正直ちょっとびっくりでした。また、物語自体もオカルト系の謎解きを主題としたもので、何枚も差し挟まれる挿絵など、古き良き探偵小説を思わせるところもあります。


ところが、中盤以降こういった印象は、どこかちぐはぐなものと感じられるようになってきます。本の話をする小説なのだから当然といえば当然なのだけれど、主人公がことの展開に驚き、自分は小説の主人公ではないんだと言い聞かせたり、謎の女性がひっそりと主人公の後を追ってきたり、また「三銃士」の手書き原稿を題材にしながら、物語自体もどこか「三銃士」めいた展開をみせるなど、単なるサービス精神の発露にとどまらない、物語が内側に向かって崩れてくるような、なにかメタ的な世界が立ち現れます。


そしてほんとうにびっくりしたのは終盤の展開で、ここに至ってああ、やはりレベルテだあと思わされました。やはりこの作家は、世界のさまざまなことどもに意味を見つけざるをえない、そしてその意味の中に自分の世界を見つけざるをえない、そんな呪われた習性を持っているように思えます。そして、この呪われ方が、やはり豊かな物語を生むんだと思います。本書の原題は「デュマ俱楽部あるいはリシュリューの影」という素敵なもので、「ナインスゲート」でも「呪いのデュマ俱楽部」でもありません。ジョニー・デップ主演で映画化されたとのことですが、この物語をどうやって映画化したのかなあ。少なくとも、後半の極めて物語が自己言及的になる展開は、決して一つの筋書きに収束しないと思われるのですが。ともあれ、名作には違いありません。