林譲治:狼は猫と狐に遊ばれる

狼は猫と狐に遊ばれる (幻狼ファンタジアノベルス)

狼は猫と狐に遊ばれる (幻狼ファンタジアノベルス)

今から約百年後くらいの未来、ICPOに出向中で久しぶりに地球に戻ってきた捜査官である主人公の男性は、ヤクザと謎の人々との取引現場を押さえることに失敗、部下を三人失うが、しかしその場で謎の人々のうち三人も惨殺され、一人は逃亡したらしいことがわかる。その一人を追ううちに、謎めいた女性に出会った主人公は、その女性の策略により逃亡犯となってしまい、宇宙へと逃げ出しつつ謎の人々を追いかける。

物語の背景には、1年前に謎の失踪事件を起こした人類初の核融合宇宙船アンドロメダと、火星に植民した人々の苦労に満ちた生活があり、これが主人公の大活劇とまじわって、本作にはなかなかの重厚さを感じることができました。一方で、本書は意外と軽い会話と展開で構成され、テンポ良く読み進むことができるのも心地よい。林譲治氏ならではの歯切れ良さと大胆な物語を、楽しく味わうことができました。


しかし、これがシリーズ物でないところが驚きです。練り込まれた背景と伏線、なかなか姿を現さない主要な登場人物たち、そしてこの先はどうなるのかと思わせる展開、最近の作家なら必ず少なくとも3冊くらいのシリーズにしてもよいのではと思わせる密度の濃さは、本当に物語が完結するのかとの危惧をいくぶん感じさせつつ、読み手をぐいぐいと物語に引き込んでゆく力強さがあります。また、主人公をひっぱりまわす謎の女性が、これまたよくできた人物なのです。主人公、つまりある意味読み手を完全に馬鹿にしながら、自分のやっていることは相当セコい(と思われる箇所もあるのです)ところなど、痛快きわまりないとしか言いようが無い楽しさです。

ただちょっと読んでいてフラストレーションがたまるのが、主人公がいい歳をした捜査官なのに、なんとも頼りないというか、勘が悪い。彼の周囲でめまぐるしく展開する思惑のすべてに乗り遅れる様は、相手役の女性を引き立てるのには抜群ですが、早く気づけよ!と言いたくなるもどかしさも感じてしまいます。まあ、それほど読み込ませるくらい、読ませる作品だということかもしれませんが。でもなんだかもったいないなあ。あの人とかあの人とかの活躍を、もっと読んでみたいものです。