榊一郎:ザ・ジャグル 汝と共に平和のあらんことを 1

80年の長きにわたった戦争が終結したことの一つの象徴的な出来事として作られた、地球上の「永久平和都市」オフィール。そこには軌道エレベータで軌道上の植民都市から訪問客が押し寄せることが期待されていた。そんななか、コロニー出身の二人の女性報道関係者が、期せずして「平和都市」に隠された不穏な出来事に遭遇するシリーズ第1弾。


僕は榊氏の良い読者ではなくて、おそらく本書が初めて読んだ著作だと思うのですが、この文章の素敵なリズム感と卓越した切れ味には、一気に読み通させられてしまう力強さを感じ、いままでの読書経験の偏りを反省することしきりな一冊でありました。本書で扱われる題材は、「平和」を担保するための「戦争」、もしくは「戦後」というものの極めて不自然なあり方だと思うのですが、そんな難しいことを考えるまでもなく、著者の展開する世界にのめり込まされる筆力には、こんなすごい日本人SF作家もいるのだと、いまさらながら思い知らされました。


ある意味似たような作風の作家に、残念ながら先日逝去された伊藤計画氏がいると思うのですが、伊藤氏は不条理な世界を恬淡と描き出すのに対し、榊氏は「日常」に位置するレポーターと、「非日常」に位置する謎めいた治安維持部隊を対置させることによって、独特の現実感を描き出していることに成功しているように思います。この、「日常」と「非日常」が、戦争とその後という舞台背景によって、実はまったく逆転してしまっている、そのあたりの物語の作り方に、何とも言えない説得力を感じてしまうのは、やはり物語に対する筆者の偏執的とも言える描きこみ方に理由があるように思います。


また本書は「SF」というジャンルに分類されるとは思うのですが、筆者の後書きにあるようにおそらくSFというカテゴリーにはこだわらずに物語を作り上げている姿勢にも、とても共感できるものがあります。むしろ、「日常」と「非日常」、大げさに言えば「現実」と「非現実」の垣根が、これほどにもあやうく定義不能なものなのだということ、つまり僕が「物語」に感じる大きな魅力と救済を、「SF」というプラットフォームを巧みに利用して描き出した、そんな印象を本書からは感じさせられました。


あと、とにかく物語の構成と文章のつくりに無駄が無くて爽快です。今日はなんとなく駅前のそば屋で夕食を片づけ、時間も早かったので近所の行ったことのないダイニングバーでビールを次々に空けながら本書を読み込んだのですが、ビール3杯を飲むあいだに本書を読み切ってしまいました。それくらい、物語の構成の巧みさというか、前へ前へと読者を引き込む力強さが、本書からは感じられます。あと、いわゆる「SF」的なガジェットの説明がほとんどなされず、主人公の女性レポーターが感じる極めて日常的なというか、普通の語彙で電解される文章も、とても好感をもちました。本シリーズはあと4冊の出版が予定されているとのことですが、このテンションを保ちつつどのような展開を遂げてゆくのか、また書店を巡る楽しみが増えて幸せです。