鳥飼否宇:このどしゃぶりに日向小町は

高校生時代、「鉄拳」という天才かつ変人プロデューサーが作り出したバンドにギター担当として所属していた「ルビー」は、ある日突然自分が真っ白な部屋の中にいることに気がつく。どうしてここにいるのか、そしてバンドをやめた後どうしていたのか、まったく思い出せない彼は、現状を打開すべく様々な行動に打って出る。それと時を同じくして、「鉄拳」のバンドメンバーたちは「ルビー」が死亡したという知らせをうけ、その発信先である研究所の門の前に集結する。


あの稀代の変態作家(もちろんほめ言葉です!)鳥飼否宇先生の最新作とのことで、書店に並ぶのを今か今かと待ち望んでいたのですが、昨日ついに有隣堂にて発見、もちろん中身を見ることもなく即購入、勢いよく読み通すとともに、相変わらずの力強さと変態っぷりに強い感銘を受けました。


本作は、鳥飼氏にしてはめずらしく、なにか手堅い感覚をおぼえさせる落ち着いた文章で構成されています。いっぽうで内容はというと、相変わらずの軌道の外れ振りというか、凄惨かつ異常なことはなはだしく、この落差がたまらなく楽しめます。ただ全編を通じ、意味もなく異常に詳しい知識がちりばめられているあたりが、本書をどうにかして正気の世界につなぎとめているとも思えます。また、その意味のない蘊蓄が楽しくてたまらない。例えば、「アマミノクロウサギ」の移動性の悪さと逃げっぷり、そして親ウサギが子ウサギを守る姿を描いた上で、以下のよう鳥飼氏は語ります。

「さらにいとしいのが「ノ」の存在である。アマミノクロウサギの4番目の文字、ノ。これはノウサギの「野」ではなく、連体修飾語を作る格助詞の「の」なので、「奄美に棲んでいる黒い兎」という意味である。改めて説明するまでもないが、意表をついた名前ではある。
イリオモテヤマネコだって、ヤンバルクイナだって、トウキョウサンショウウオだって、出身地に名前を冠しているが、ノなんて余分なつなぎはない。アマミヤマシギだって、アマミアオガエルだっている事実をかんがみるに、奄美のローカルルールという訳でもない。だから、なぜ間にノをはさんだのかは不明である。」

この記述が、まったく意味もなく、前後との関係もなく語られるんだよねえ。というか、語ってるあなた誰!物語に全然関係ない人でしょ。


加えて本書の楽しいところは、「鉄拳」というバンドの後日談、つまり「痙攣的」で描かれた物語の続き物であると同時に、もう一つの鳥飼否宇氏の作品の登場人物が主要な登場人物となるところで、つまり鳥飼氏のロックバンドに対するオブセッションが極めて強烈に打ち出された作品であるところです。しかし、これまでの鳥飼氏の作品を読んでいなくても、充分に楽しめることもまた確か。または、初めての人はこの異様な世界にどん引きしてしまうかもしれませんが。いずれにせよ、待っていただけのことはある怪作で、とても楽しめました。