はやみねかおる:徳利長屋の怪 名探偵夢水清志郎事件ノート外伝

三つ子の女の子が、「教授」と称する正体不明の男性とともに様々な怪異に遭遇し、そのたびに「教授」が抜群の頭の冴えでものごとのつじつまを合わせてゆくシリーズの番外編。今回は大政奉還を中心とした幕末を舞台とした物語。


小学生のころから、ディクスン・カーやエラリー・クイン、ジャック・フットレルなどのミステリの巨匠の名作を子ども向けに書き下ろしたシリーズ濫読していたせいか、僕はジュブナイルというのか、子ども向けに楽しいお話し、それもミステリーを書ける人を尊敬してやみません。そのような作家として現在活躍中のもっとも素敵な一人に、本書の著者であるはやみねかおる氏があげられると思います。


本シリーズはもともと講談社青い鳥文庫という、少年少女向けの媒体で発表されていたものらしいのですが、その後次々と講談社文庫化されたもので、本書が最新刊になります。本書は「外伝」という位置づけですが、これはそもそも本シリーズの舞台は現代であったものを、前作と本作では登場人物の設定はそのままに舞台を幕末に持ってきたためと思われます。それでも、本シリーズの良さがまったく失われていないところが素晴らしい。


ところで本シリーズの良さとは何かというところですが、基本的には自分の名前すら覚えることのできない「名探偵」夢水氏が、ある不可解な状況を前にしたときには抜群の頭の冴えをみせ、なおかつ誰もが幸せになるような解決や、その裏に隠された悲しみにきわめて敏感に反応するところ、そしてそのような思いが三つ子にとても優しい手触りとともに伝えられてゆくところにあります。このあたりには、元小学校教師としての著者の、子どもたちに対するある意味「教育的」な、それでいて暖かい思いを感じさせられるものがあります。


本書の物語自体は、中編がいくつかと、短篇とも呼びづらい謎解きのいくつかで構成されます。それぞれは、いくぶんちぐはぐに配置されているような気もするのだけれども、全体としては一つの大きな流れに収束してゆく、そんな巧みな構成を持ちます。また舞台を幕末とした理由かとも思うのですが、幕末という革命的事態を、どのように流血を最小限にする努力が試みられたのか、ミステリという形式を借りながら著者なりに分かりやすく解説しようとするこころゆきもまた感じられるところが、ちょっと苦しくもあるけれどもとても好感が持てます。


しかし、このような著作に出会えた子どもたちは、とても幸せだろうなあ。僕の時代は、上記の子ども向け翻訳以外は、それこそルパンやホームズくらいしか見あたらず、その次に読んだのは山本周五郎の「ねぼけ署長」だったような気がしますから。まあ、これはこれで良い選択だったと思いますが。願わくは、本書を読んだ子どもたちが、次にはもっとマニアックな読書をしてくれんことを。これを足がかりに、江戸川乱歩から稲垣足穂渋澤龍彦谷崎潤一郎中井英夫夢野久作久生十蘭小栗虫太郎など、日本の探偵・怪奇小説の王道を進んでくれれば、とても素敵な読書の未来が開いていると思うのですが。間違っても、先生たちが進める本を読むなんてことをしないでね。