パブロ・デ・サンティス:世界名探偵倶楽部

世界名探偵倶楽部 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

世界名探偵倶楽部 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

世界各地から集められた12名の名探偵で結成された「世界名探偵倶楽部」の例会が、1898年のパリの万国博覧会にあわせ開催されることに。ブエノスアイレスの名探偵クライグの名代として送り込まれた主人公の少年は、そこでパリにその人ありと謳われた探偵の奇妙な墜落死に遭遇する。行きがかり上パリ在住のポーランド人探偵の下で助手として働くことになった彼は、奇妙なひとびとや奇妙なできごとにつぎつぎと遭遇することになる。


扉に「本書は2007年第1回プラタ-カサメリカ賞を受賞した」とあって、なんのこっちゃと思ったのですが、解説を読むとどうやら中南米スペイン語文学を他国に普及するために作られた賞だとのことです。これが架空の賞であれば最高に面白いのだけれど、どうやらそういうこともなさそうで少し残念ですが、本書自体は久しぶりに素晴らしい翻訳に出会えた、と思わせるものでした。


まず、その懐古趣味的表紙デザインと、名探偵がパリ万博に集うという設定から、ものすごく古くさい物語かなあと思わされるのですが、その設定からして本書のねらいであると間違いなく断言できるくらい、遊び心と趣味的記述に溢れた本書の記述には、文章を追いかけることの楽しみを久しぶりに感じさせてくれるものがありました。基本的な物語の中心は、ある探偵のエッフェル塔からの墜落死に始まる一連の出来事の謎解きであり、またそれに顔を出す風変わりな探偵たちの言葉の掛け合いの面白さにあると思うのですが、読み終わってみるとどうもそうでも無い気がしてきます。


これは、おそらく主人公の少年の成長のはなしなのではないだろうか。この、主人公の少年の一人称で語られた言葉たちは、それがゆえにまっすぐで、なおかつ極めてナイーブな、とても奇妙な居心地の良さのようなものを与えてくれます。また、さまざまな出来事が主人公の目の前で起こるのだけれど、主人公はつねにびっくりして落ち着きを失ってしまう。この、推理小説には基本的にありえない構成の妙が、本書をミステリーならではの「発見」の物語にしているように思います。


一方で、帯には「神のごとき名探偵が繰り出す推理と論理のつるべ撃ち」とありますが、これはあまり本書を正確には表していないように思われます。むしろ、様々な映像的記述の断片によって、本来ならば極めて単純なことがらがなにか夢のようなゆっくりした時間のなかで語られる、そんなちょっと前時代的というか、おそらくとても文学的な空間を本書には感じさせられました。これが中南米スペイン語文学の現在なのかな。よくわかりませんが。でも、とても奇妙な読書感が味わえる、とても素敵な物語でした。