佐々木譲:夜を急ぐ者よ

([さ]1-2)夜を急ぐ者よ (ポプラ文庫)

([さ]1-2)夜を急ぐ者よ (ポプラ文庫)

沖縄で小さいながらも伝統あるホテルに務め、自身も株主である東恩納順子は、ある日見覚えのある男がチェックインしたことに気がつく。彼は、自分が学生時代にたった1週間、燃え上がるような恋を経験したものの、突然行方を絶ってしまった人だった。未だに当時のことが忘れられない順子は彼にそのことを問い詰めるも、どうも男の様子がおかしい。どうやら逃亡生活を送っているらしい。そのうちに、男の過去や現在の苦境が明らかになり、どんどんと順子は男の世界へ巻き込まれて行くことになる。


「巡査の休日」を買おうか迷ったのですが、日和って文庫版の本書を手に取りました。佐々木譲氏の小説は、その展開に学生運動やその後に続いた過激な行動の有り様を、なんとも臨場感溢れる描写で描き出すところに、大きな魅力の一つが潜んでいるように思うのですが、本書も何の理由でかは判然としないのだけれど、過激派として実刑判決を受けてしまった男が様々な職場で嫌がらせをうけ、裏の社会にしか生きる場所を見出せなくなるところなど、あまりに実感を持って描かれる世界には、どこまで著者の実体験、または伝聞が潜んでいるのか、気になって仕方ありません。


また一方で、本書は上昇志向の強い女性の、挫折と脱皮の物語でもあります。良家の子女であり留学を実行してしまうくらいに行動力に溢れた彼女は、一方で結婚した直後に夫を失い、あまり周囲の援助も求められない中で沖縄の老舗ホテルを切り盛りしています。ここで突然、燃えるような一週間を過ごした男が現れることで、彼女の生活は一変します。本書の面白いところは、このような二つのまったく異なる世界が切り結ぶ様を、いくつかの異なる時間の中で、ジョン・レノンの死や荒井由美のような、極めて世俗的な出来事の中でシンクロさせて行くところにあります。また吉本龍明がさらっと引用されているのも面白かった。僕より上の世代ではずいぶんと流行ったとは聞いていたけれど、このように描かれて始めてある種の実感を持ってその時代の雰囲気を感じることができたように思います。


語り口は、佐々木氏にしてはいくぶんロマンティックに過ぎるようなきらいもあり、後半のあわただしい展開と前半のゆったりとした物語のギャップに多少戸惑いを憶えたところは確かですが、それでもやはり佐々木氏の物語の牽引力はさすがです。有無をいわさず読みきらせる力強さに溢れた一冊でありました。