落合淳思:古代中国の虚像と実像

古代中国の虚像と実像 (講談社現代新書)

古代中国の虚像と実像 (講談社現代新書)

夏王朝」の存在や「酒池肉林」「四面楚歌」など、言い伝えられた古代中国の出来事や地域構成が、実はフィクションである可能性が高いことを、最近の研究結果から明らかにしたもの。


いや、著者の言葉づかいもすばらしいし、研究内容の解釈もとても理論だって説得力を感じるのですが、本書のもっとも大きな難点は、僕が著者が「常識」だと理解している事柄をまったく憶えていないことにあります。そういえば司馬遼太郎だって読んだし、中学・高校では世界史を選択したので、ある程度の知識はあって良いはずなのだけれど、これが面白いくらいに憶えていません。憶えていないことを前提として語られる本書での指摘を読むと、なんだか自分の無知を叱られているような気さえしてきてしまいます。


もとい、全般的に本書はまったく夢がないというか、物語として語り継がれてきた出来事を完膚無きまでに粉砕します。そのようなことが、物語を楽しむ人にとってはあまり愉快でないことを著者は序文で述べ、しかし本書の意義は中国史の研究者、ひいては高校の参考書までに、現在の研究結果からすれば荒唐無稽としか思えないできごとが堂々と述べられていることを批判することにあるとします。その意味では、本書は極めて刺激的で、また示唆に富むものでした。


面白かったのは、古代の資料の扱い方で、ああ、歴史家とはこのように資料を読むのだと、しみじみ考えさせられました。例えば、誰も知らないはずの密談の内容が記録されているのは不自然であり、その部分については構成の創作の可能性が高いなど。記録資料に頼らざるを得ない一方で、その記録資料の妥当性を常に検討しなければならないあたり、歴史学という学問の奥の深さと、またその業の深さを感じさせられます。これは、疑り深い人にしかできない作業でしょうね。つねに一次資料・二次資料の妥当性を検討しないといけないわけですから。他の学問領域にも同じことは言えると思いますが、その範囲と深さが歴史学は大きい気がしました。


とにかく、歴史の興味と知識がある人にとっては、本書の記述はそうとうに楽しめるものだと思います。もう少し、中国の古代史に詳しかったら、ぼくももっと楽しめたのだろうに。